ドラマ『密会(2014)』を語る前に、まずはユ・アインのことを語りたい。私の韓流熱も少し中だるみになりかけていたとき、あるネットの記事でユ・アインのことを知り興味を持った。「憑依型俳優」とユ・アイン を絶賛していたのだ。役とシンクロし、役作りで体格や顔つきをガラリと変えるという。ユ・アイン・・・ビジュアルも私好みで申し分ない。しかし、「憑依型俳優」だけをとりあげると、ソ・イングクもそういう要素はある。『ショッピング王ルイ(2016)』を見たときに、まるで幼子のようなあまりにも可愛く無防備な演技に「なんだ、この俳優は!」と、心を掴まれた。そのあとに見たのが『空から降る一億の星(2018)』だから、たまらない。「この危険な魅力の男は、本当にあのルイと同じ俳優なのか!?」これで私はすっかりソ・イングクにやられてしまった。
ソ・イングクの話はまた別の機会として・・・
かっこよすぎる!グラビア職人、ユ・アイン
ユ・アインに興味を持ったのは、俳優だけではなくモデルとしても「憑依型」であったことだ。まだユ・アインの映画やドラマを見ていない私は、早速ネットで検索した。そこに、想像を超えたファッション誌のモデルのユ・アインが現れた。
「なんて、かっこいいんだろう!」
まるでレトロなムービースターのようなスタイリッシュな写真があるかと思うと、ストリート風の不良っぽい坊主刈りのユ・アイン、ハイファッション誌のアーティスティックなスタイル、、、、どの写真もまるで映画やドラマを見ているような物語が感じられる。そこに醸し出される表情が実にいいのだ。一般的なイケメン俳優モデルとは全く違っていた。私はモデルとしてのユ・アインに完全に心を奪われた。
ユ・アインの顔は癖がなく、特別なイケメンでもなく、一見すると、その辺にいるようなお兄ちゃんだ。しかし、髪型、衣装、体型、仕草、表情、眼差しでユ・アインは、変幻自在に変わる。自分の顔の特徴、自分の魅力をよく知っていて、彼はそれを武器とする。凄い。こんなにもモデルとしても魅力的な俳優は見たことがない。
「グラビア職人」とも称されていることを後で知ったが、
「ユ・アイン は、アーティストなのだ」
主張する男、行動する男、ユ・アイン
ユ・アインは、優等生的な韓流スターとは、ちょっと違うようだ。インタビューやSNSでは政治的な意見もはっきり言うし、デモにも参加する。女性関係も隠さない。プライベートなアート活動に力を発揮し、若者らしい遊びも大切にしている。リアリティ番組『ユ・アインのLaunch MyLife in London (2011) 』制作のための90日間を密着したドキュメンタリーでは、かなり神経質な一面を露呈させている。ファッションにうるさく、仕事ではスタッフに言いたいことをはっきり言っていた。こだわりの強い「めんどくさいやつ」という自分を隠すことなく出している。ガキ大将のような雰囲気を持つ。しかし、それだけユ・アインは何事にも真面目な男だった。やるからには、きちんと納得してやりたいし、形だけでやり過ごしてしまうような仕事の仕方や、見て見ぬ振りするような生き方をとことん嫌う。喜怒哀楽を隠さない、周りの人間にとっては厄介な奴だが、、、しまいには情が湧いて好きになってしまう。それがユ・アインだった。
ユ・アインは骨肉腫が原因で兵役を免除されたことを、ネットでかなり叩かれたことがある(韓国では兵役義務を果たさない者へのバッシングが大きいようだ)。その時に彼は公式発表とは別に、SNSで自分の言葉で丁寧に怪我の経過や兵役に対する自分の考えを語った。心無いネチズン(ネット市民)には、立ち向かっていくし、深い理解を求めていく努力も怠らない。かなりエネルギーがいることだが、「行動する男」・・・これがユ・アインなのだ。
クリエーティブディレクター、アート集団「STUDIO CONCREAT」代表のユ・アイン
ユ・アインは、早くからクリエーターとしての意識に目覚めていたようだ。「STUDIO CONCREAT」は、ユ・アイン(ここでは本名のオム・ホンシクを名乗っている)を代表・クリエーティブディレクターとする、80年代生まれが集結したアート集団。まだユ・アインが今ほど有名ではなかった20代前半の時に「才能のある友人を集め、自由に創作活動ができるスタジオを作りたい」と夢見て計画してきたプロジェクトで、2014年に設立した。「STUDIO CONCREAT」はユ・アインの宿願事業だった。ソウルの漢南洞(ハンナムドン)にある「STUDIO CONCREAT」のマルチコンプレックススペースでは、アトリエをはじめ、ギャラリー、カフェ、ショップを運営したり、アートイベント、チャリティイベントなども行なっている。漢南洞は、NETFLIXのドラマで有名になった異国情緒溢れる街、梨泰院(イテウォン)に隣接する、大使館の多いエリアだ。政財界人や有名芸能人など、富裕層が住む街としても知られている。また、パリでも人気のソウルのセレクトショップ「トム・グレイハウンド」とコラボして、ユ・アインを編集長とする雑誌『TOM Paper』も発行した。最近ユ・アインの家を紹介している番組をネットで見たが、生活感のないモダンなギャラリーのような豪邸だった。彼はプロデューサーや経営者としても有能な男なのだ。そしてさらなる夢や目標に向かい、着々と歩み続けている。
“人間”としてのユ・アインに惹かれる
しかし、非常にナイーブな面も持っているのがユ・アインだ。ドラマ『トキメキ成均館スキャンダル(2010)』でブレイクしたときに、日本の女性インタビュアーが、つまらない質問をしていたが、苦笑しながらも知的に誠実に答えていたのにとても好感が持てた。その中で、一番好きなラブストーリーは、『ジョゼと虎と魚たち(2003)』と話した。妻夫木聡と池脇千鶴が主演した日本映画だ。韓国で「人生で忘れられない恋愛映画」の1位に選ばれた映画であることを後で知り、ユ・アインを知りたくてこの映画をネットで観た。
私は映画を観たあとで、その時のユ・アイン の言葉を思い出した。「一般的にラブストーリーというと、美しい恋愛や傷つけ合う恋が描かれます。愛憎劇を軸にして展開しますよね。しかしこの映画は、愛そのものよりも、人間に重点を置いている。人間の心の葛藤や変わっていく姿を丁寧に描いている。愛というより、“愛し合う人たち”の物語なんです」と語っていたのだ。なるほどなあ・・・物語には触れられたくはないリアリティがあった。彼はその時20代の半ばくらいだったが、私はユ・アインのものの本質を見る力に感心した。ちなみにこの映画は韓国でナム・ジュヒョク主演でリメイクされた(『ジョゼ(邦題:ジョゼと虎と魚たち)(2020)』)。
また彼は『わたしたち(The World of Us)(2016)』を観た時は、映画が始まり30秒後から泣き始めたと語っている。この映画は小学生の少女の友情と学校のいじめの話だが、少女たちの心の動きを淡々とデリケートに描いている。まるでドキュメンタリーを見ているようだ。新鋭女性監督ユン・ガンウンによる長編デビュー作で、あの『ペパーミント・キャンディ(1999)』『オアシス(2002)』の監督、イ・チャンドンの企画によるものらしい。もちろんこの作品もすぐに観た。
「ああ、こういう感性に敏感な人なんだ・・・」と、ユ・アインのことがまた少しわかったような気がした(私はあとで、ユ・アイン は小さい時にいじめにあっていたことを知った)。その後ユ・アインは、イ・チャンドン監督の『バーニング劇場版(2018)』の主演を務めた。10代から俳優としての階段を上り続けているユ・アインだが、彼は自分の実体験から様々な感受性や人生観を手に入れているのだろう。演技や発言にリアリティがある。俳優の才能だけではない、人間としてのユ・アインに底知れない魅力を感じる。
常に挑戦し続けるユ・アイン
ユ・アイン は1986年生まれ。今年35歳となる。10代からドラマに出演して、20代は映画『ワンドゥギ(2011)』『カンチョリ オカンがくれた明日(2013)』など、ちょっとやんちゃで愛される役が多い。ヒョンビンやパク・ソジュンのようなラブコメはほとんどない。映画出演が多いのも特徴だ。映画が多いということは、常に新しい自分にチャレンジしている俳優だということがよくわかる。『ベテラン(2015)』では、20代の人気俳優にはイメージダウンのリスクが多く、タブーとされる“悪役”に挑み、高い評価を得た。時にはイケメンもかっこよさも封印する。『バーニング劇場版(2018)』では、孤独と絶望を秘めた冴えない青年。ベッドシーンも自慰シーンも全裸も見せた。『声もなく(2020)』では15kg増量し、セリフのない“無声演技”で、第41回青龍(チョンリョン)映画賞の主演男優賞を受賞した。この映画はまだ見ていないが、ユ・アインだったら仕草、表情、眼差しだけで演技ができることは、容易に想像がつく。
ちなみに、映画評論家からは、ユ・アインが『声もなく(2020)』への出演を決めたことに、大きな賞賛がおくられた。この映画は低予算映画で、ホン・ウイジョン監督の長編デビュー作である。低予算映画に、ユ・アイン のように大きな観客動員数を望めるビッグな若手俳優が出演することは、めったにないことだという。このことはまた別の機会に書きたい。
どの作品もユ・アインの演技力の高さが伺えるものだ。俳優としてのキャリアを重ねるごとに、どんな作品に出演すべきかを真剣に悩む。しかし彼は「いつ、どこでも、誰にでも使われる準備ができています。思い切り使ってください」と青龍(チョンリョン)映画賞の授賞式で挨拶した。新たな達成感を求め、悩み、もがき、ユ・アインはこれからどんな“憑依”を見せてくれるのだろうか。底が着くまでやるはずだ。
“憑依”もいいが、ユ・アインのラブストーリーが好き
しかし、ユ・アインファンの私としては、彼のラブストーリーや本気のラブシーンが見たいのだ。が、驚くほどそんな作品は少ない。私はやんちゃで悪ぶっているユ・アインではなく、繊細で、耽美的な雰囲気を醸すユ・アインが好きだ。その私好みの数少ないドラマが『シカゴ・タイプライター~時を超えて君を思う~(2017)』と『密会(2014)』だった。もちろん一番は『密会』だ。『密会』のプロモーション動画は、瞬時に私の心を鷲掴みにした。すぐに必死で探しまわったが、『密会』はどこにもネット配信されてはいなかった。
『シカゴ・タイプライター』のこと
そこでまずはU-NEXTで配信されていた『シカゴ・タイプライター』を見た。とてもスタイリッシュなドラマで、「タイプライター」をキーワードに、現代と1930年代がリンクしていくストーリー。ユ・アインは現代(ツンデレ系の人気作家)と、1930年代(革命家)の2つの時代を、全く雰囲気の違う2役を演じている。現代編のユ・アインは、丸刈りのようなヘアスタイルでハイファッションを着こなす自信家。どんなヘアスタイルでも、ダサくなりがちな難しいファッションでも着こなしてしまう、モデルで培ってきたユ・アインの実力を見せつけている。これを見るのも楽しい。しかし、1930年代のユ・アインはもっと憂いを帯びて繊細。せつなさを醸し出す雰囲気がとてもいいのだ。髪型、ドレッシーな服装、ジャズバー、音楽、映像、そして眼差し・・・まさに私好み。とはいえ、初めはさほどでもなかった現代編のユ・アインにもどんどん惹かれていく。これがユ・アインの実力だろう。
このドラマは時を超えたラブストーリーではあるが、心揺さぶられるラブシーンはたったの1回。1930年代のユ・アインが、追っ手を逃れるために、偽装で恋人同士を装うというキスシーンだ(『愛の不時着(2019-20)』でもヒョンビンとソン・イェジンの初めてのキスシーンもこういう設定だった)。ユ・アインは自分の思いを伝えることができない彼女に、偽装キスのつもりが、途中で“本気”を出してしまう。グイグイと体を押し付けていくユ・アインの熱いキスにシビレた。その後の1930年代のユ・アインは、かなり際どいシーンはあるが、ラブシーンはなくプラトニックで終わってしまう。キスシーンを多用せずに、“ここぞ”という時の演出がとてもいい。
『シカゴ・タイプライター』はOSTもとてもいい。実は私はユ・アインを知る前にこのドラマのことを知っていた。それは主題歌「stellite」を歌っているSaltnpaperが好きで、彼の作品の追っかけをしていたときに見つけたドラマだった。プロモーション動画のレトロな映像に惹かれたが、ドラマを見るまでには至らなかった。まさかこうしてつながるとは、嬉しい限りだ。そのSaltnpaperを知るきっかけになったドラマが、パク・ボゴム 主演のドラマ『ボーイフレンド(2018-19)』。これもなかなかいいラブストーリーで、OSTもとてもセンスのいい構成だった。また別の機会に語りたい。
私は、ユ・アインを求め、『シカゴ・タイプライター』からスタートし、彼の映画を見まくった。しかし、前述したように、ユ・アインの映画は、ほとんどラブストーリーがない。唯一『好きになって(ハッピーログイン)(2016)』という、3組のカップルをオムニバス形式で描いたラブコメがある。演技派俳優が勢ぞろいし、うまくまとめられはいるが中途半端な満足度。ユ・アインには珍しくハッピーエンドだったが、 トキメキはなかった。『密会』の後の息抜きではなかったかと思えるくらいだ(後で知ったことだが、相手役のイ・ミヨンは、ユ・アインが無名に近い俳優時代から尊敬し、理想のタイプとして語っていた女優だった。いわばファンの夢が叶った共演のようだ)。私は完全に欲求不満になり、ついに大枚をはたいて『密会』のDVDを購入することにした。大正解だった!いよいよ次回は『密会』の話に!
※『音もなく/Voice of Silence(英題)(2020)』は2022年1月21日より日本公開が決定し、邦題が『声もなく』となったために、『声もなく』に表記変更した。
【Textile-Tree/成田典子】