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愛してやまない、ドラマ『密会』Vol.5/4人のミューズ(女神)

彼はなぜ、20歳も年上の女性に惹かれたのか

ドラマ『密会(2014)』は、若き天才ピアニスト、イ・ソンジェ(ユ・アイン)と彼のピアノ教師オ・ヘウォン(キム・ヒエ)のラブストーリーだ。そこには20歳の青年と40歳の人妻という「歳の差」「不倫」というキーワードがつきまとう。ソンジェ(ユ・アイン)はピアノリハーサルに立ち会っていたヘウォン(キム・ヒエ)を偶然に見て一目惚れをする。そして彼女と一緒にピアノの連弾をしたことが引き金となり、「運命の女神」「魂を奪われた」「全てを捧げた」存在となる。

ドラマ密会公式サイト

http://c7mikkai.jp/#top

彼はなぜ、20歳も年上の女性に惹かれたのか・・・と考えずにはいられない。

それは彼の育ってきた環境や、彼のピアノ人生で出会った「ミューズ(女神)」たちに答えがあるようだ。ドラマが進むにつれ、独学でピアノを練習していたソンジェ(ユ・アイン)には、ミューズ(女神)となる2人のピアニストがいることがわかってきた。

韓国の天才ピアニスト「ソン・ヨルム」

一人は韓国出身のソン・ヨルム。世界で活躍している天才ピアニストだ。11歳で国際コンクールで最年少で2位となったのを皮切りに数々の国際コンクールで1位や2位を受賞。2011年の第14回チャイコフスキー国際コンクールでは2位とベスト・パフォーマンス賞をダブル受賞している。ユ・アインと同じ1986年生まれだが、ドラマの設定では7~8歳年上になる。


2011年のチャイコフスキー国際コンクールの演奏
Yeol Eum Son – XIV Tchaikovsky Competition Round III Part 2 (30 June 2011)

第6話でヘウォン(キム・ヒエ)は、ソンジェ(ユ・アイン)の家を訪れる。大学に合格するのが目的ではなく、もっと目標を高く持たなければだめ。それだけの才能があなたにはある。まずは国際コンクールに出なさいと話す。お説教じみたヘウォン(キム・ヒエ)の言葉を遮るように、ソンジェ(ユ・アイン)は彼女に、自分が演奏したリストの『スペイン狂詩曲』の録音を聴かせる。ソンジェ(ユ・アイン)のピアノに惹き込まれたヘウォン(キム・ヒエ)は、涙を拭きながら「見事ね」「リストの中でも難曲よ」と賞賛し、この曲を、大学入学特別選考オーディションの演奏曲にしなさいと勧める。彼は「ソン・ヨルムが弾いていたのを見て、かっこいいなあと・・・ソン・ヨルムに憧れたんです」「チャイコフスキー国際コンクールの動画を何度も見ました」と話す。『スペイン狂詩曲』は、国際コンクールで演奏されることが多いが、コンサートでは超絶技巧に自信のあるピアニスト以外は、敬遠しがちなレパートリーだという。それだけ難易度が高い。

2011年のチャイコフスキー国際コンクールのコンペティションで、リストのスペイン狂詩曲を演奏するソン・ヨルム
Liszt: Spanish Rhapsody – Yeol Eum Son

ソン・ヨルムは、磨き抜かれたとてつもないテクニックを持つ天才肌で、ピアノを弾いている時の恍惚とした表情にとても特徴がある。ソンジェ(ユ・アイン)がピアノを弾く時の恍惚とした表情は、もしかしてソン・ヨルムから影響を受けているのかもしれない。ソンジェ(ユ・アイン)の“高い目標”を刺激したピアニストとして登場するシーンだ。第7話ではオーディションでソンジェ(ユ・アイン)がこの曲を演奏し、彼の天才さが浮き彫りにされる。

自分の演奏録音を聴くヘウォンをロフトからじっと見つめるソンジェ

第6話のシーンでは、素晴らしい演奏録音に感動したヘウォン(キム・ヒエ)が「おいで、抱きしめてあげる」と先生口調で、ロフトにいたソンジェ(ユ・アイン)に向かい両手を広げる。するとソンジェ(ユ・アイン)の抑えていた欲情にスイッチが入ってしまい「僕が・・・抱きしめてあげます」と、ゆっくり近づき彼女を優しく抱きしめる・・・。実は、この様子をヘウォン(キム・ヒエ)の夫がドアの隙間から覗いているという、なんとも緊迫感あるシーンになっている。

ヘウォンも憧れてた「マリア・ジョアン・ピレシュ」


家の鍵を忘れていったソンジェにヘウォンは鍵を届けに行き、家に入り彼の帰りを待つ。ドアを開けたソンジェは彼の服を着ていたヘウォンに驚く。「どう?」との問いに「セクシーだ」と答える。彼女の手にはソンジェに贈った『リヒテル』がある。

ソンジェとヘウォンの初めてのベッドシーンは、お互いの初々しさが伝わる声だけの演出。所々のソンジュの部屋の様子が映される。この日のヘウォンの靴はセクシーなハイヒールではなく、清楚なストラップシューズ。象徴的な二人の履物だ。

もう一人のミューズはマリア・ジョアン(マリア・ジョアン・ピレシュ)。現代を代表する、1944年生まれのポルトガル出身のピアニスト。日本でもファンが多いようだ。第8話でソンジェ(ユ・アイン)とヘウォン(キム・ヒエ)は、ソンジェ(ユ・アイン)の部屋で初めて結ばれる。このベッドシーンも大きな話題となった。映像のない声だけの演出なのだ。かといって生々しいものではなく、実に優しい。いきなり「俺うまくできないかも・・・」という声から始まる。すでにソンジェ(ユ・アイン)は自分が童貞ということをカミングアウトしているので、視聴者にはその意味がわかる。しかし、ヘウォン(キム・ヒエ)は決して年上の経験者として接せず、自分も奥手の方なので「私の方が・・・うまくできないかも」と、一歩下がる。ソンジェ(ユ・アイン)は自信がついたのか「僕が判断します」と、男ととして優しくリードしていくという、実に思いやりをもったベッドシーンの演出だった。

ソンジェはへウォンにマリア・ジョアンの写真が載っている楽譜を見せる。
ソンジェはマリア・ジョアンのピアノをお手本に練習した。

その後、2人は缶ビールを飲みながら、ヘウォン(キム・ヒエ)は自分の年齢の話をし始める。「私はいつも抜かりない女だった。昔から40歳だったのかもね」「20年後は還暦よ」。「おー、素敵だ!」ソンジェ(ユ・アイン)は笑いながら、棚から楽譜を引っ張り出し、「きっとこうなる!」と、そこに写っている写真を見せる。「あっ、マリア・ジョアン!!」とヘウォン(キム・ヒエ)は嬉しそうな声をあげる。彼女の大好きなピアニストだということが伝わってくる。ソンジェ(ユ・アイン)は彼女を手本にピアノの練習をしていたのだった。「こんな素敵な60歳になるにはどうしたらいい?」ソンジェ(ユ・アイン)はすぐに「先生の方が美人だ」と答え、照れもせずにヘウォン(キム・ヒエ)を褒めまくる。

ファッション、雰囲気、たまらなく素敵なマリア・ジョアン。シワを隠すことなく年齢を魅力的に重ねている。
青年ピアニストとシューベルトの「ファンタジア」を連弾するマリア・ジョアン。
Maria João Pires & Julien Libeer play Schubert Fantasy in F minor, op. 103 (live)

DVDの画面では肖像権の問題なのか、マリア・ジョアンの写真がぼかされているが、後でネットで調べたら知的な雰囲気を持つものすごい美人。ファッションセンスもよく、ヘウォン(キム・ヒエ)が憧れるピアニストだというのも納得する。手首を痛め一時期、演奏活動から遠ざかっていたが復帰し、73歳まで現役ピアニストとして活躍した。ピアノ教育にも力を注ぎ、若い才能を育てたり、音楽を通じて恵まれない子供たちを支援する活動なども行なっている。ヘウォン(キム・ヒエ)は腱鞘炎が原因でピアニストを断念し、今は財団に勤務して上流階級の“優雅な奴隷”に成り下がってしまったが、マリア・ジョアンのような生き方に、心から憧れていたはずだ。『密会』では、そういうストーリーの密度を「マリア・ジョアン」という名前の中に凝縮させているのが凄いところだ。※2022年4月よりU-NEXTで『密会』が配信されたので、マリア・ジョアンの写真がぼかされていないものと入れ替えた。

永遠のミューズ「ソンジェの母ミョンハ」

ソンジェの母ミョンハ。どことなくヘウォンに似ているような気がする。

そして、番外編のミューズ(女神)として挙げたいのがソンジェ(ユ・アイン)の母親ミョンハだ。早くに父親を亡くし、母一人子一人で、ソンジェ(ユ・アイン)は愛情をたっぷり注いでもらっていた。母親の言うことをよく聞き、反抗したことなどない子供だった。母親は食堂を一人で切り盛りしていたので、家のことはソンジェ(ユ・アイン)がやっていたようだ。部屋にはいつも母親や自分の下着が干してあったが、おそらく洗濯は彼がやっていたのだろう。厳しく躾けられていたから生活習慣は身についていたという。ピアノの楽譜には、母親からお風呂での体の洗い方についての注意書きがあった。ピアノノートには、ソンジェ(ユ・アイン)の演奏を聞いて感じた母親の感想が書かれていた。それを読んだヘウォン(キム・ヒエ)は、感受性の鋭さに驚き、「あなたの才能は母親譲りね」と話す。ソンジェ(ユ・アイン)は「大好きな母です」と亡くなった母への愛を“現在進行形”で素直に表現する。綺麗なお母さんで、どことなくヘウォン(キム・ヒエ)と似てるような気もする。“マザコン”といえばそれまでだが、彼は芯の強い尊敬できる女性が好きなのだろう。4人とも彼の音楽に多大な影響を与えるミューズ(女神)であり、彼にとって年齢は問題ではなかったはず。20歳の年の差もあり得ないことではないのだ。

次回はドラマ『密会』で、ブラームスに張られた伏線について書きたい。


【Textile-Tree/成田典子】

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