編集長ブログ

切なすぎる恋愛物語の名曲/ジェフ・バックリィ『ハレルヤ』

ドラマ『人間失格』OST/ジェフ・バックリィ『ハレルヤ』

ドラマや映画を観ていると、心を揺さぶられる名曲に出会うことがある。衝撃的な出会いが、本当に嬉しい。ジェフ・バックリィの「ハレルヤ(Hallelujah)」もそのひとつだ。この曲は、リュ・ジュンヨル、チョン・ドヨン主演の韓国ドラマ『人間失格(2021)』で、初めて知った。予告編で、長髪のリュ・ジュンヨルの影のある佇まいに釘付けになった。リュ・ジュンヨルって、こんなこんなセクシーな俳優だったのか・・・まさに一目惚れ。観たくて観たくてたまらないドラマなのに、未だ観ることができない。Webでいろいろ調べてみたら、OSTもものすごくいいのだ。特にハ・ドンギュンの『独り言』は最高だ。一瞬でしびれ、呪文のように何回も何回も繰り返して聴いた。どこか昭和歌謡のような哀愁がある。ハ・ドンギュンは、キム・ピルとデュエットした『愛 その寂しさについて』を聴き、すっかりファンになった歌手だ。初めて聴いた時の衝撃は忘れられない。『人間失格(2021)』の『独り言』が、彼の歌と知り、やっぱりこの歌手は凄いと、一層のファンになった。

『人間失格』OST/ハ・ドンギュン『独り言』
『人間失格』OST/キム・ユナ『赤い花影の下で』

キム・ユナの『赤い花影の下で』も、ものすごくいい。キム・ユナは以前『キリエ』を聴いて惹き込まれた歌手だ。ユ・アインがキム・ユナのファンで、『キリエ』を1000回も聴いたと知ったことがきっかけだ。魂に響いてくる、私の好きなタイプの歌手だった。

『人間失格』OST/ジェフ・バックリィ『ハレルヤ』

そしてジェフ・バックリィの『ハレルヤ』を知った。シンプルなギター伴奏から静かに流れてくる歌声は、今までの韓流ドラマにはなかったテイストだ。鳥肌がたった!「この曲は一体何?」。早速調べた。後になり、ここに流れている『ハレルヤ』は、「ハァ〜・・・」と静かに息を吐いてから始まる(これがたまらない・・・)、アルバム『グレース』に収録されたものであることを知った。『人間失格(2021)』のことは、ドラマを観てから改めて書きたい。

原曲を凌ぐジェフ・バックリィの『ハレルヤ』

ジェフ・バックリィ(1966-1997)は、90年代に活躍したアメリカのシンガーソングライターで、1994年にリリースしたアルバム『グレース(Grace)』に収録されていたのが『ハレルヤ』だ。彼はその3年後に、30歳の若さで急逝する。『ハレルヤ』は、カナダのシングソングライター、レナード・コーエン(1934-12016)の曲で、1984年にリリースされたものだという。ボブ・ディランやウィリー・ネルソンなど、多くのアーティストにカバーされ、映画やドラマにも使われた名曲であるが、ジェフ・バックリィの「ハレルヤ」が、原曲を凌ぐほど一番有名になったようだ。アルバム『グレース』は、名盤と評価の高い、唯一のスタジオアルバムだ。彼の『ハレルヤ』は、オフィシャルミュージックビデオで、その姿を見ることができる。切なく悲しげな表情と歌声がたまらない。

『ハレルヤ』のオフィシャルミュージックビデオ

映画『Red』にフィーチャーされた
ジェフ・バックリィの『ハレルヤ』

私は、ジェフ・バックリィの『ハレルヤ』が、妻夫木聡と夏帆主演の映画『Red(2020)』にフィーチャーされていると知って、早速観た。まさに『ハレルヤ』がテーマのような映画だった。映画の前半、吹雪の中を走る重苦しい車の中で、ラジオからジェフ・バックリィの『ハレルヤ』が流れる。これが車に乗っている二人にとってとても意味のある曲だというのが映画の後半に導き出されていく。冒頭のシーンはラストシーンに結びつくものであった。観終わって、なるほどなあと頷ける、よく練られた映画だった。

『Red』予告編

監督の三島有紀子は、当初からジェフ・バックリィの『ハレルヤ』を念頭に置きこの映画を作ったという。直木賞作家・島本理生の『Red(2020)』の映画化で、妻夫木聡と夏帆の濃密なラブシーンばかりが注目されたようだが、その部分を薄めても、とてもいい映画だ。愛と命の間で、どう生きるか、夫婦とは、自分らしさとは、家族とは・・・を問いかけてくる。二人は元恋人同士で、その時は妻夫木聡演じる鞍田が結婚していたが、二人は別れた。10年後に偶然再会する。夏帆演じる塔子は結婚して子供が1人いたが、鞍田(妻夫木聡)は離婚していた。また二人の関係が燃え上がるというストーリーだ。

車のラジオからジェフ・バックリィの『ハレルヤ』が流れる。映画の前半の重要なシーンだ。

これだけではただの不倫映画に思われるが、人々の心のあり方が丁寧に描かれている。塔子(夏帆)は金銭的に恵まれた環境で理想的な主婦として暮らしていた。しかし、自分を殺して夫や義母に気を遣う、息苦しい日々を送っていた。夫は妻を心から愛していると常々話す。しかし美味しいものを食べるときは、平気で自分が嫌いなものを妻に「食べて」と“押しつける”(とは本人は全く感じていない)。一方鞍田(妻夫木聡)は、塔子(夏帆)と一緒に食事をする時は、彼女の好物を自分の器から取って彼女にあげる(彼もそれが好物にもかかわらず)。性のシーンも正反対だ。夫は自分だけの快楽を求め、それをしてくれる妻に礼を言う。しかし鞍田(妻夫木聡)は、あくまでも彼女と一緒に感じる快楽を求める。妻がいつも(我慢しながら)受け入れていると、夫は何も疑問を持たずに過ごしてしまう。「甘えること」と「愛していること」の大きな勘違いが生まれているのにも気づかず。鞍田(妻夫木聡)が現れたことや、再び仕事をし始めたことで、塔子(夏帆)は「閉じ込めていた自分」がどんどん解放されていく。そして「自分の生き方」に大きく舵を切ろうとする。

生きるために必要だったジェフ・バックリィのLP『グレース』

鞍田の部屋にあったジェフ・バックリィのアルバム『グレース』(右)と、植田正治の写真集『砂丘・子供の四季』(左)
植田正治の写真集『砂丘・子供の四季』を紹介しているYouTube

一方、建築家でもある鞍田(妻夫木聡)は、余命わずかであることを周囲に隠していた。身の回りの整理をし、妻とも別れ、自分に必要な最低限の品をだけを置いた暮らしをしていた。そういう孤独な日々の中で塔子(夏帆)と再会した。欲望のままに行動したのも、最後の愛を塔子(夏帆)に捧げたかったのだろう。塔子(夏帆)が彼の部屋でベッドを共にした時に、彼女はジェフ・バックリィの『グレース』のLPジャケットを見つける。『ハレルヤ』が収録されているアルバムだ。「あっ、懐かしい」と彼女は声を漏らす。かつて一緒に聴いていたのだろう。

そばには、植田正治の有名な写真集『砂丘・子供の四季』と、谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』も置かれている。建築家としての鞍田(妻夫木聡)の感性や価値観を表すような2冊だ。『陰翳礼讃』は、谷崎潤一郎の代表的評論作品とされている。日本古来の美意識・美学は陰影の中にあり、日本人は陰影の中でこそ映える芸術を作り上げてきたという。そして自然の手垢や時代の風合いのある建物や器にいかに癒されるかを語っている。建築、照明、食器、食べ物、歌舞伎の衣装の色彩など、多岐にわたり影響を与えている名著だ。鞍田(妻夫木聡)も、この本だけは手放せなかった。

鞍田が大切にしていた谷崎潤一郎の随筆『陰翳礼讃』

「赤」と「陰影」温かみある暗闇の映像美

本音は、死が迫っている鞍田(妻夫木聡)と最期まで一緒に過ごしたい。しかし愛する我が子を果たして手放すことができるのか・・・もがきつづける塔子(夏帆)の決断に、最後までハラハラさせられるストーリーだった。この映画の妻夫木聡は、ものすごくよかった。残された命への覚悟と孤独感が表情に映し出され、塔子(夏帆)への優しさがセリフの余韻から伝わってくる。完全に塔子になりきっていた夏帆も、鬼気迫るものがあった。

『Red(2020)』を振り返ってみると、「赤」と「陰影」がキーワードになっていたように思える。映画は、材木を運ぶトラックに付けられた危険を知らせる赤い旗が、吹雪の夜にはためくシーンから始まる。先が見えない赤く照らされた長いトンネル、鞍田(妻夫木聡)が雪の上に吐いた赤い血。常に陰影を帯びた映像。しかしそれは絶望ではなく、前に進もうとする「温かみある暗闇」だったのかもしれない。

比喩が多い難解な歌詞の『ハレルヤ』は、旧約聖書を引用したラブソングとも言われる。『Red(2020)』には、孤独の中から救いを求めるような歌声の、ジェフ・バックリィの『ハレルヤ』でなくてはならなかった。彼はこの3年後にこの世を去ることになる。なんと切なすぎる名曲なのだろう。

『ハレルヤ』を詳しく解説しているサイト

https://ongakugatomaranai.com/hallelujah/
https://ongakugatomaranai.com/hallelujah/



【Textile-Tree/成田典子】