編集長ブログ

ドラマ『LOST 人間失格』を語るVol.2/心震える絶対不可欠なOST

ドラマの主軸となるジェフ・バックリィの『ハレルヤ』

私は音楽やOSTが物語の深層に入り込んでいる映画やドラマが大好きだ。『LOST 人間失格』(2021)もそのひとつだ。見終わっても気になり、3度見て、ブログを書くために4度目を見たが、見るほどに理解が深まってくる。心に響くセリフ、言葉以上に物語る表情や眼差し、そして何よりも音楽の使い方が素晴らしいのだ。まだドラマが見られなかった昨年、何度も何度も繰り返して聴いたソウルフルなOSTがある。ハ・ドンギュンの『独り言』、キム・ユナの『赤い花影の下で』、ジェフ・バックリィの『ハレルヤ(Hallelujah)』の3つだ。ドラマでこれらの曲が登場した時には鳥肌が立った。驚いたことに『ハレルヤ』は、ドラマの核になるくらい重要な曲だった。ガンジェ(リュ・ジュンヨル)のホスト時代の先輩がよく口ずさみ、スマホの着信音にするくらい愛していた曲だ。ジェフ・バックリィの名盤『GRACE』のCDを所有し、部屋にはこのポスターを貼っていた。

「ハレルヤ」は、ガンジェたちにとっても気になる曲で、何度も登場する。
心中した先輩の部屋に貼っていたジェフ・バックリィのポスター。
捨てられない先輩の遺品。ジェフ・バックリィの『GRACE』のCD、保険証、ブジョンが書いた代筆原稿などが入っている。

1話では、この先輩が恋人と心中したため、警察から連絡を受け、ガンジェ(リュ・ジュンヨル)と彼の親友が遺品を受け取りに行くシーンがある。特別に親しい間柄ではなかったが、家族とも疎遠になっていたので、彼らが葬式をあげることにした。その時に突然ギターのあのイントロが流れ、ジェフ・バックリィの歌声が、まるで鎮魂歌のように包み込む。彼らは葬儀場でスマホから流れる『ハレルヤ』を聴きながら先輩のことを語る。なぜ死を選んだのかよくわからなかったが、先輩はあちこちから借金していた。何らかの理由でお金が必要だったのだ。

お金は愛情の裏返し

ガンジェ(リュ・ジュンヨル)は「もし自分に2億ウォン現金があったら、どんなに虚しくても死にたいとは思わない」と寂しそうにいう。彼はお金しか信じていない。「お金は愛情の裏返し」と言って、母親の愛情も自分への送金額で計ろうとする。そういう彼だったが、似たような心の闇をもつブジョン(チョン・ドヨン)が気になりはじめ、どんどん惹かれていく・・・初めてお金や勝ち負けでは計れない“愛”という“未知の世界”に足を踏み入れることになるのだ。女性の扱いには慣れているはずだが、ブジョン(チョン・ドヨン)へはメールに自分の気持ちを書いては消し、書いては消し、、、と、歯痒いほどにデリケートな接近しかできない。これはブジョン(チョン・ドヨン)も同じだった。

ハ・ドンギュンの『独り言』

OST『独り言』は、まさにガンジェ(リュ・ジュンヨル)とブジョン(チョン・ドヨン)の歌だった。彼らの独白のように誰かに語りかけ、一人取り残された孤独さが滲みてくる歌詞だ。何よりもハ・ドンギュンの哀愁漂う歌声に泣けてくる。この歌は、繰り返し繰り返し、何度も何度も呪文のように聞いた。『独り言』は、1話からインストメンタルで静かに流れていたが、初めてハ・ドンギュンの歌声が響くシーンがある。2話のラストで、ブジョン(チョン・ドヨン)が父親の住んでいるマンションの屋上から飛び降りそうになったときに、同じマンションに住んでいるガンジェ(リュ・ジュンヨル)が現れ「なぜ死ぬんですか?」と声をかける。緊迫感のあるシーンだ。突然『独り言』が大きく鳴り響く。鳥肌がたった。2話はこの曲と共にエンディングとなる。心が震えた素晴らしい演出だった。

キム・ユナの『赤い花影の下で』

もうひとつのOST、キム・ユナの『赤い花影の下で』もとても印象的な歌だ。「自分が赤い花だと勘違いして恥ずかしい」というような歌詞があるが、これもまさに作家になる夢に挫折したブジョン(チョン・ドヨン)の心のようだ。彼女はいつも赤いマフラーをしている。真っ赤な口紅が印象的なシーンがあり、ガンジェ(リュ・ジュンヨル)との縁を結んだエルメスのハンカチの鮮やかな赤も強烈だ。「赤」は自分の気持ちを奮い立たせたり、虚飾の小道具のように見える。

戦いに挑むかのように真っ赤な口紅をつけたブジョン。
バスの中で泣きじゃくっていたブジョンに思わずエルメスのハンカチを差し出すガンジェ。恋人代行のお得意さんからプレゼントされたものだ。

なぜ、ジェフ・バックリィの『ハレルヤ』なのか

ジェフ・バックリィの『ハレルヤ』についてもう少し書きたい。

『ハレルヤ』は、カナダのシンガーソングライター、レナード・コーエン(1934-12016)の曲で、1984年にリリースされたものだ。ボブ・ディランやウィリー・ネルソンなど、多くのアーティストにカバーされ、映画やドラマにも使われた名曲であるが、切なく悲しげな歌声のジェフ・バックリィの「ハレルヤ」が、原曲を凌ぐほど一番有名になったようだ。ジェフ・バックリィ(1966-1997)は、90年代に活躍したアメリカのシンガーソングライターで、1994年にリリースしたアルバム『GRACE』に収録されていたのが『ハレルヤ』だ。彼はその3年後に、30歳の若さで急逝する。曲の背景や歌詞の意味を知りドラマを見ると、心中した先輩がなぜジェフ・バックリィの『ハレルヤ』にこうも惹かれていたのかが、より伝わってくる。

レナード・コーエンの『ハレルヤ』は、旧約聖書を引用したラブソングとも言われる。詩人でもあるレナード・コーエンらしい比喩が多い難解な歌詞で、なかなか理解するのが難しい。ドラマでは、ガンジェ(リュ・ジュンヨル)の女友達が、歌詞の意味を話しているシーンがあり、これには驚いた。旧約聖書の「ダビデとバト・シェバ」の話を題材にしたもので、ダビデ王が水浴中のバト・シェバに惹かれ肉体関係を持ち、妊娠させてしまう。バト・シェバには夫がいたが、ダビデ王は夫を戦場に送り込んで殺してしまい、バト・シェバを自分のものにしてしまうという内容だ。『ハレルヤ』の歌詞は、そこに男女間の性的な関係ともとれる二重の意味を含めている。

『ハレルヤ』は人生を進むための歌だった

ガンジェ(リュ・ジュンヨル)は、『ハレルヤ』の歌詞の意味を知り「うちの母親みたいだ」という。

彼は高校生の時に父親を亡くしているが、病院で父親の介護士だった男性と母親がいい仲になり一緒に暮らしているのだ。そういう分別のない母を軽蔑していた彼の、なんとも微妙な発言だ。ガンジェ(リュ・ジュンヨル)の親友の姉が一緒に暮らしている恋人は、彼女の大学の後輩の夫であり友人でもあった。彼は離婚こそしているが関係は複雑だ。という具合に、このドラマに登場する男女の関係はかなり“訳あり”なのだ。

ドラマでは語られていなかったが、旧約聖書ではダビデ王の行動に神が激しく怒り、初めて生まれる子供を殺すという罰を与える。『LOST 人間失格』は、略奪婚ではないにしろ、ブジョン(チョン・ドヨン)が流産、恋人と心中した先輩は、我が子のように可愛がっていた恋人の息子を病気で亡くすというように、子供が亡くなるストーリーが織り込まれている。他にも亡くなる人物が多い。こういう暗さに、初めは少し心が萎えるが、登場人物の描き方が見事で、物語が進むにつれてじわじわと心が温かくなってくる。

『ハレルヤ』の歌には、どんな辛いことも嬉しいことも、神様が私たちの成長のために与えてくれていることだから喜びましょう、経験に感謝しましょうという意味が込められているという。恋や愛を手に入れたから幸せ・成功、失ったから不幸・失敗ということではなく、それは始まりに過ぎず本当の勝負はこれからなのだから。こういう深い意味があるのだ。私は偶然にも『ハレルヤ』の歌詞をわかりやすく解説している下記の動画を見つけ、このドラマがなぜ『ハレルヤ』をこうも重要なテーマにしているのかを納得した。

「LOST」には「失う、道に迷う、負ける、失敗する、死ぬ」などの意味がある。全てこのドラマの登場人物に当てはまる。しかし、だからといって終わったわけではない。「ここから」なのだ。


ジェフ・バックリィの『ハレルヤ』は、こちらのブログも参考にしてほしい。

次回は、『LOST 人間失格』に登場する人物たちについて書きたい。決してカッコ良くはない訳ありの人生を歩んでいる彼らの言葉や選択が実にいいのだ。このドラマはまさに素晴らしい群像劇だった。

【Textile-Tree/成田典子】