リュ・ジュンヨルは、シナリオも読まずに出演を即決した
昨年、予告編のリュ・ジュンヨルに釘付けになり、OSTに心揺さぶられ、今か今かと配信を待ちわびていたドラマ『LOST 人間失格』（2021）が、Huluで配信された。まさに期待通り（いや、それ以上かも）。リュ・ジュンヨルは彼史上最高にセクシーな男だった。俳優は、いい作品に出会うことがあっても、色気を引き出してくれる作品になかなか出会うことはない。『LOST 人間失格』は、恋愛映画で手腕を発揮し、多くの人気作品を生み出してきたホ・ジノ監督が初めて手掛けたTVドラマ。脚本は『建築学概論』のキム・ジヘ。数々の国際的な映画賞を受賞しているチョン・ドヨン5年ぶりのドラマ復帰作。そして映画で活躍しているリュ・ジュンヨルにとっても5年ぶりのドラマだった。彼は大ファンであるホ・ジノ監督と、俳優すら憧れる大女優チョン・ドヨンとの共演と知り、シナリオも読まずに出演を即決したという。
身震いするくらいエロティック
実力派たちが奏でるこのドラマは、映画のような上質な映像美で琴線を映し出し、俳優の魅力を最大限に引き出している。リュ・ジュンヨルは「こんなにもいい男だったのか」と、身震いするくらいのエロティックな表情を見せる。チョン・ドヨンは悲痛な中に醸し出す儚げで愛らしい眼差しが実に新鮮だ。幼子のように脆く、少女のような色気にどきっとさせられる。二人の新しい魅力が引き出され、抒情詩のようなドラマが織り込まれている。
冒頭、いきなり長髪にサングラスのガンジェ（リュ・ジュンヨル）が現れ、一瞬でハートを持っていかれてしまう。彼は年上キラーの元ホスト。現在は役割代行サービスを運営しており、ドラマは恋人代行でお金持ち風の年増女性とホテルの部屋に連れ添って入るところから始まる。軽快なタンゴのメロディにのせて、さあこれからお楽しみが・・・というところで、携帯のタイマーが鳴り彼は“お客さま”に「時間切れ」をにこやかに告げる。常連客らしい女性は、憮然としながらも「プレゼント」のオレンジ色の箱を渡し、不満げに部屋を出る。部屋に残った彼は疲れたようにベッドに横たわる。カメラは彼の表情を丁寧に捉え、ほんの2～３分のシーンで、人物の抜け目なさ、悲しさ、孤独が映し出される。オレンジ色の箱はエルメスの派手なシルクハンカチ。後のブジョン（チョン・ドヨン）との出会いの重要な小道具となる。実にうまい演出だ。
このシーンで、もう一人の主人公ブジョン（チョン・ドヨン）の独白が流れる。彼女は出版社に勤めながらゴーストライターをしていたが、代筆をしてた女優とトラブルを起こして会社をやめ、家族にも秘密に日雇い家政婦をしている。作家になる夢を潰され道を見失い、心に深い闇を抱えていた。独白はホテルにいるガンジェ（リュ・ジュンヨル）のシーンとは全く関係ないのだが、彼女の怒り、悲しみ、不安、プライド、孤独が不思議とリンクして違和感がない。1話から彼らの痛みの背景や、例のハンカチが登場する出会いが描かれ、一気に引き込まれる。
すべての登場人物が愛おしくなる
第2話は、ガンジェ（リュ・ジュンヨル）の独白から始まる。普段はうそぶいたり皮肉めいた発言が多く、自分を素直に語らないが、「アボジ・・・」と、彼は亡くなった父親に不安や本音を吐露する。リュ・ジュンヨルの独白の声が実にいいのだ。心地いい低音ボイスに二度惚れしてしまう。セリフの少ないこのドラマは、独白を巧みに用いガンジェ（リュ・ジュンヨル）とブジョン（チョン・ドヨン）それぞれのシーンを交差させながら、彼らの心に寄り添ってくる。
『LOST 人間失格』は、とても静かな日常物語だ。財閥もとびきりの美男美女も登場せず、サスペンスやどんでん返しもない。一見普通だったり幸せに見えるが、大なり小なりの心の闇を抱えていて、決して平凡ではない。会話が噛み合わない夫婦、毛嫌いし合う嫁と姑、訳ありカップル、自殺・・・最初はこの暗さに抵抗があったり、人物も好きになれないが、それぞれの人物描写が奥深く、物語が進むにつれ、すべての登場人物が愛おしくなるのだ。彼らはままならない人生や孤独感を持ちながらも、自分なりに向き合い乗り越えていく。見終わった時、このドラマはさまざまな人が織りなすラブストーリーだったことに気が付く。実に優しいドラマなのだ。
次回のブログはこのドラマの音楽やOSTについて書きたい。
【Textile-Tree／成田典子】
