素材の話

東博 特別展『きもの KIMONO』完璧に蘇った安土桃山の染小袖の理由

きもの文化は優れた直線断ちの遺産

東京国立博物館の「きものKIMONO]は、「きものとは何か」を考えるいい機会でもあります。きものが美しい染織(テキスタイル)として発達した大きな要因に「直線断ち」があります。この「直線断ち」という衣服文化があったから、日本は素晴らしいテキスタイル文化を生み出したということを、私たちは改めて知る必要があるのです。

西洋の衣服は、腕・脚・胴体など、人間の体に合わせて布を曲線に裁断して立体的に作っていますが、日本のきものは、布を切り刻むことはぜずに、長い生地を平行に裁断して「Tの字」の形に縫い合わせます。Tの字に大きく広げられたきものは、“面”で表現される衣服であり、まさにキャンバスそのもの。衣桁(いこう)にかけて、まるで絵画のような美術品として、鑑賞を楽しむ衣服文化としても発展してきました。

⬆️「寛文(かんぶん)小袖」(江戸時代/17世紀)。寛文は小袖小袖全体をキャンバスに見立てるような、肩から背にかけての大胆な構図が特徴。
⬆️右ページ:実際の小袖裂を貼り付けた「小袖屏風」(江戸時代/17世紀)。今回の展覧会では、衣桁(いこう)に小袖を掛けた構図の絵や屏風も多く展示されている。

日本の美しいテキスタイルは、捨てるには忍びないものです。きものは糸を解けば元の長方形の生地になるので、擦り切れても仕立て直しもできます。着古した2枚の着物を、いいものだけを利用し互い違いに柄を組み合わせたものは「片身替(かたみがわり)」と呼ばれた新しいスタイルになりました。パッチワークのように数種類の生地で構成された美しいきものも多くあります。ですから端切れも大切にし、親から孫まで引き継がれ、布団にしたり、掛け物にしたり、目的に応じて仕立て直され、最後の最後まで使い切るのが日本のテキスタイル文化でした。しかし皮肉なことに、使い切れるテキスタイルだったため、古い時代の着物がほとんど残っていないという現状もあるのです。

小袖から打敷へ、再び小袖へ

きものの仕立て直しのひとつに「打敷(うちしき)」があります。打敷は、寺院の仏壇の仏具に敷かれている、金襴などで織られたきらびやかな布のことです。打敷としてわざわざ織られたものもありますが、古い時代のものは、亡くなった方が生前に着ていた衣類を打敷として仕立て直して供養のために寺院に奉納されました。身分の高い方の衣類が多く、テキスタイルとしての価値も高いものです。

⬆️「打敷(うちしき)」を引き解いて仕立て替えたところ、元の染小袖に蘇った「白練緯地亀甲檜垣藤雪輪模様」(安土桃山時代/16世紀)。

東京国立博物館の特別展「きもの KIMONO」では、なかなか完全な姿ではお目にかかれない安土桃山時代(16世紀)の染小袖(そめこそで)「白練緯地亀甲檜垣藤雪輪模様(しろねりぬきじきっこうひがきふじゆきわもよう)」が展示されています。この染小袖は、実は寺院に奉納されていた打敷だったのものです。打敷を再び引き解いて仕立て替えたところ、まさに奇跡ともいえる当時の小袖の形状がほぼ蘇りました。この時代のものは、数十センチくらいの裂(きれ)でしか、伝存例が見られない中で「唯一、安土桃山時代の女性が着用した染模様のみの小袖の全形を伝える遺例である」と、目録に書かれていました。よくぞ完璧に再現されたなあと感動がこみ上げます。これぞ直線断ちの日本のきもの文化ならではの遺産です。

実はこの染小袖、「絞り染め」などで模様をあらわしたもので、以前私が読んだ多くの本には「辻が花」と表記されていました。室町から安土桃山にかけての染色には、辻が花が多く、今回展示されている小袖の「白練緯地花鳥模様(しろねりぬきじかちょうもよう)」も以前は辻が花と表記されていましたが、今回の展示ではその表記がありません。なぜでしょう・・・これは次回に。