文化学園服飾博物館『ヨーロピアン・モード展』に行ってきました。
本日6月11日までなのですが、本当に素晴らしい展示で
ぜひ多くの方に見て頂きたいと思いました。
特に今回はロイヤルウエディングに因み
貴重なウエディングドレスがたくさん展示されていました。
私はなんと贅沢にも、アンティークレース鑑定家の
ダイアン・クライスさんのレクチャーを受けながら
この展覧会を見ることができ、
改めて「知識」があるということは
本当に「人生を豊かにする」と感じました。
ダイアンさんは、パンフレットや解説に無い
レースの専門的なことや、ヨーロッパの服飾師のことを
お話ししてくださり、2倍得した感じです。
この日は、『MI.YA.CO』の米澤さんやレース好きの方達もいらっしゃり、
皆さんの知識の豊富さにも感心しました。
その一部をご紹介します。
「ローブ・ア・ラ・フランセーズ」1770年代
フランス式ローブの典型的なスタイルです。
18世紀は「フランス式」が世界のモードのルールとなり
各国がこれを取り入れました。
今回のコーディネートにはありませんでしたが
髪には「ラペッツ」という長いリボンを飾ります。
袖口には「アンガシャン」というレースのカフスを何枚も重ねます。
マリー・アントワネットは8枚も重ねたといいます。
そしてこれは別名「涙のカフス…ウィーピングカフス」と
呼ばれたそうです。
手紙を見て、歓びや悲しみの涙を拭った…
ということなのでしょうか。
何ともロマンティックな名前です!
胸の部分に付ける、刺繍などを施した三角のアイテムは
「ストマッカー」というものです。
胸から胃(ストマック)の部分に据えられるものです。
胸の谷間を盛り上げる役割ともなりますが
この刺繍は貴族の婦人が自分でされたそうです。
かなり高価な糸を用い、
その豪華さがステイタスだったといいます。
「ストマッカー」はこの部分だけ取り替えて
色々楽しむことができます。
「エンパイア・スタイル ドレス」1805年頃
ナポレオン帝政時代に流行した「エンパイア・スタイル」です。
これは「モスリン」のドレスです。
日本で「モスリン」というと、薄手ウールをいいますが
ヨーロッパでは「薄手綿」のことです。
当時綿は大変高価なもので、イギリスから輸入していました。
モスリンに白糸で刺繍したものが大人気になり
フランスのレース産業を脅かすまでになったため
ナポレオンは何度も「綿禁止令」を出したほどです。
「デイ・ドレス」1865年頃
19世紀半ばになると、イギリスの産業革命も進み
複雑なレースが機械生産できるようになりました。
気の遠くなるほどの時間をかけて作るハンドレースでは
衿やカフスなどディテール使いが精一杯。
機械レースでは、大きな面積のレース使いができるようになり
中でもレースのショールが流行しました。
この黒のレースは「シャンティイ・レース」と呼ばれるものです。
「シャンティイ・レース」は、
パリのシャンティイで作られたことに由来するチュールレースで
特に黒のレースが有名です。
もとは手織りのボビンレースだったのですが、
その後、機械レースに取って代わられています。
黒レースはスペインでも人気で、
特にこの時代、ナポレオン3世の皇妃ウジェニーが
スペイン貴族であったことから
エキゾチックな黒レースを愛用したことも手伝い
黒レースが流行したといいます。
マリー・アントワネットや、
オーストリアの皇妃エリザベートも
黒レースを愛用していたことで知られています。
ここではお伝えできませんでしたが
ウエディングドレスのレースやヴェールは、
代々伝わるハンドレースが使われているなど、
その豪華さに驚くばかりです。とてもいい展覧会でした。
【Textile-Tree/成田典子】