編集長ブログ

香港映画の名作『ラブソング』を語るVol.2(激動の時代とテレサ・テンのこと)

1980年代の中国大陸と香港の激しい経済格差・文化格差

『ラブソング』(1996)に感情移入してしまうのは、中国が大きく変化しようとしている時代背景と、日本でも大人気のテレサ・テンの歌にある。香港が中国に返還されたのは1997年。映画は、まだイギリスの統治下にあったに香港で出会った2人の男女の10年間(1986~1995年)を紡いでいる。日本はバブル景気が始まり、インターネットやスマホこそまだ普及していないが、豊かさを謳歌している平和な時代だ。

大陸から香港に来たシウクワン(レオン・ライ)は、まずは鶏の配達から仕事を始める。

しかし、30~40年前の韓国や中国は今とは状況が大きく違う。政治も経済も不安定。世界を席巻しているK-POPや韓流ドラマは今ほどメジャーではなく、日韓・日中の経済格差も大きい。韓国が長く続いた軍事政権から民主化宣言したのは1987年。わずか36年前だ。韓国では民主化を求める市民を大量虐殺するといういう光州事件(1980)が起きる。これに端を発して民主化の波が東アジアに広がった。中国では民主化を求めたデモ隊を軍隊が鎮圧し、多数の死傷者を出した天安門事件(1989)が起きた。80年代の民主化運動をテーマにした映画も多く、そこから韓国の民主化の歴史を学べる。

<民主化運動の歴史を描いた韓国映画を観る>

https://imidas.jp/jijikaitai/l-73-030-18-11-g694

一方、今や世界第2位の経済大国となった中国であるが、この時代は内乱、紛争、貧困問題を抱えていた。欧米文化が浸透していたイギリス統治下の香港と、中国共産党体制下の中国大陸とでは経済や文化格差が激しく、“大陸”から香港にやって来た者は、一目で“田舎者”とわかった。それから10年の目まぐるしい変化が『ラブソング』に織り込まれている。とりわけこの時代に青春を過ごしたものにとっては、リアリティが滲みてくる。

日本でも絶大な人気を誇った「アジアの歌姫」テレサ・テンとは

『ラブソング』の影の主役でもある台湾出身の歌手テレサ・テン(1953~1995)について語りたい。70年代~90年代にかけて活躍し、日本、中国、香港、台湾、タイ、マーレーシアなどで広く人気を博し「アジアの歌姫」と呼ばれ、今なお愛されている。日本でのヒット曲も多く、『空港』(1974)『つぐない』(1984)『愛人』(1985)『時の流れに身をまかせ』(1986)などは、カラオケの人気定番曲だ。映画の挿入歌には日本のヒット曲『長崎は今日も雨だった』『グッド・バイ・マイ・ラブ』が彼女のカバーで流れる。これにもひときわ親近感がわく。

日本で大ヒットしたテレサ・テンの『空港』『愛人』。

テレサ・テンは、当時の平和な日本ではあまり知られていなかったが、中国の民主化支援コンサートに参加したり、国民党軍(台湾軍)の慰問にも熱心だった。中国大陸で絶大な人気を誇っていたが、台湾と国交断絶していたことや、彼女の政治的影響力を懸念し、中国共産党はテレサ・テンの歌を放送禁止にした。そういう背景もあり、中国大陸では海賊版カセットテープがバカ売れしていたという。映画ではそこに目をつけたレイキウ(マギー・チャン)とシウクワン(レオン・ライ)が、大陸からの出稼ぎが多い香港では「絶対当たる!」と確信し、海賊版カセットテープやポスターを露店で販売する。しかし皮肉にも香港では「テレサ・テン好き=大陸人=田舎者」と思われたくなかったので、思うように売れず、このビジネスは大失敗する。この話もリアルで面白い。

大晦日は土砂降りで、映画ではテレサ・テンがカバーする『長崎は今日も雨だった(淚的小雨)』が流れる。
https://www.youtube.com/watch?v=kUaly8-oOoE

香港の旧正月の大晦日で賑わう様子。二人はテレサテンの海賊版カセットテープの露店を開く。
「バカ売れ」するはずだったが、「テレサ・テン好き=大陸人=田舎者」の印象があり、香港では思うように売れなかった。

テレサ・テンは1995年にタイで気管支炎による発作で倒れ死去する。42歳の若さだった。映画ではこのニュースをニューヨークの街頭で見ていたレイキウ(マギー・チャン)のそばを、偶然にもシウクワン(レオン・ライ)が通り、再会するところでエンディングになる。互いに惹かれながらも何度も何度もすれ違う男女の劇的な運命の再会だ。この映画にはエンドロールで続きがあり、彼らは実は1985年、同じ日に同じ電車でしかも背中合わせの席で香港に来ていたことがわかるというオチがある。まるで香港人のように溶け込んでいたレイキウ(マギー・チャン)は、シウクワン(レオン・ライ)とスタートが同じだったのだ。まさに運命の出会いだった。

ちなみに映画の原題はテレサ・テンの歌のタイトルと同じ『甜蜜蜜(ティエンミィミィ)』。「甘い」という意味で、映画のテーマソングでもある。ハッピーエンドを匂わすようなラストシーンで軽快に流れ、エンドロールではレオン・ライの歌で、しっとりと終わる。

テレサ・テンの『甜蜜蜜』
https://www.youtube.com/watch?v=OMVlGjmppeY
レオン・ライの『甜蜜蜜』
https://www.youtube.com/watch?v=yxHnz0xDXJU

誰にでも忘れられない曲がある

二人は「テレサ・テン好き」という縁で、“お金”いう共通の目的を持った“同志”として香港で出会い親しくなる。大晦日に「テレサ・テンで一儲けしよう」と意気投合し露店を開くも失敗。しかしこのことがきっかけで二人は親密な関係となる。親友から恋人に発展するがうまくいかず、二人は別々の道を歩み、彼は故郷のフィアンセを香港に呼び寄せ結婚する。彼女もヤクザのボスの愛人になっていて、事業家として成功していた。しかし彼らの“同志・親友”という関係は続いていた。ある日二人が一緒に車に乗っていた時に、偶然道で「テレサ・テン本人」を見つけ、彼は来ていたジャンパーにサインをしてもらう。テレサ・テンとの偶然の出会いが、二人の鎮めていた想いに火をつけたのだ。この再熱シーンは、とてもドラマチックな名シーンだった。

レイキウ(マギー・チャン)の車には彼女の大好きなミッキーマウスが!ミッキーはアイコンのように要所要所に登場する。
偶然にテレサ・テンを発見し、シウクワン(レオン・ライ)は駆け寄り、来ていたジャンパーにサインをしてもらう。
寂しそうに立ち去るシウクワン(レオン・ライ)。テレサ・テンのサインの背中が胸に突き刺さり、レイキウ(マギー・チャン)は不覚にもクラクションを鳴らしてしまう。
クラクションに驚き駆け戻るシウクワン(レオン・ライ)。ドラマチックなキスシーンは俯瞰で撮影され、一層の印象を強めている。

二人は何もかも捨てて一緒になろうと行動するが、これもまたしてもうまくいかなかった。再びそれぞれ別々の道を歩むが、なんと数年後偶然にもニューヨークで再会する。そのきっかけになったのが、1995年「テレサ・テンが亡くなった」というニュースだった。街頭で見ていたTVの前で運命の再会をしたのだった。まさにこの映画はテレサ・テン無しには語れない「ラブソング」なのだ。

登場する人物すべてに優しさがあり、ストーリーも音楽も映像もキャストもパーフェクト。田舎から出てきたあまりにもイノセントなシウクワン(レオン・ライ)と、女を媚びないレイキウ(マギー・チャン)のハンサムウーマンぶりが大好きで、何度も観たくなる数少ない純愛映画となった(ネタバレしているが、何度も見たくなる映画なので、ご容赦いただきたい)。


【Textile-Tree/成田典子】