編集長ブログ

香港映画の名作『ラブソング』を語るVol.1(何度も観たくなるラブストーリーの王道)

中国返還が迫る激動の香港を舞台にした、10年に及ぶ恋物語

韓流ドラマや映画を見続けて約3年になる。睡眠時間を削り夥しい本数を消化したおかげで、日本、中国、香港、台湾、欧米などの映画にも関心が湧き、知識も増えた。しかし、ネットで簡単にドラマや映画が見られる「飽食」の裏には、かなりの「食い散らかし」があり、完食していないものも多くなっている。「目が肥えた」と言えば聞こえがいいが、感動が麻痺してしまった部分も否めない。

そういう時に出会ったのが香港映画『ラブソング』(1996)だ。「ラブストーリーの不朽の名作」というコピーに食指が湧き、何気なく見たのだが、これがハートのど真ん中に刺さった。香港ラブストーリの名匠ピーター・チャン監督の代表作だった。夢を抱き中国大陸から香港に渡って来た、どこにでもいるような男女が出逢い、互いに惹かれながらも何度も何度もすれ違う。1997年の中国返還が迫る激動の香港を舞台にした、10年(1986~1995年)に及ぶ恋物語だ。テレサ・テンの歌が、揺れ動く二人の感情を映し出し、好きと言えない、会いたいと言えない二人の心をつないでいく。ラストシーンでは心より幸せを願う自分がいた。

テレサ・テンの『甜蜜蜜(ティエンミィミィ)』を歌いながら香港の街を自転車で走る、名シーン。

舞台になっている10年間は、日本・韓国・中国などのアジアにとっても、経済や政治で大きな変化のあった時代である。そういう背景を絡ませながらストーリーは進むので、この時代を知るものにはたまらない。切なくも暖かく、ラブストーリーの王道を行く大好きな映画となった。まずはストーリーから・・・

レオン・ライとマギー・チャンなしには考えられない

主演は、香港を代表する人気俳優のレオン・ライとマギー・チャン。ウォン・カーウァイ監督の作品ではクールな人物を演じている二人だが、この映画では夢を追い求め大陸から香港に渡ってきた等身大の人物だ。広東語もうまく話せない田舎者丸出しの純朴で優しい青年シウクワン(レオン・ライ)、逞しく香港人のようにとけ込んでいるレイキウ(マギー・チャン)のチャーミングさ。二人が醸し出す雰囲気が実にいい。もう彼ら以外に配役は考えられないくらいだ(実は監督は、主役は真っ先にレオン・ライをイメージしていたが、女優は当初別の人物を考えていたらしい)。

マクドナルドで働き、すっかり都会の女になっているレイキウ(マギー・チャン)。
人生初めてのマクドナルドに入り、買い方さえもわからない素朴な青年シウクワン(レオン・ライ)。

85年、シウクワン(レオン・ライ)は大陸から香港にいる叔母を頼りに到着する。86年、生まれて初めてマクドナルドに入り、そこで働いているレイキウ(マギー・チャン)と出会う。ハンバーガーの買い方もキャッシュカードも知らない彼のあまりの世間知らずさに、彼女は成り行きで面倒を見ることになる。母親に家を持たせたいという夢があり、仕事をいくつも掛け持ちしており、株もやり、かなりのお金を貯めていた、実に頼もしい女性だ。彼はまるで子犬のように彼女にまとわりつき(子供のように目をキラキラさせているピュアさがたまらなくいい)刺激を受けながら、一生懸命に頑張る。そして広東語も英語も話せるようになり、香港の生活にも慣れ、お金も少しずつ溜まっていく。夢は故郷にいるフィアンセを呼び寄せて結婚することだった。二人はテレサ・テン好きで意気投合し、親友となる。「絶対売れる」と、一緒にテレサ・テンのポスターやカセットテープを売る露店を大晦日に開くが、結果は大失敗。しかし彼らにとってテレサ・テンは生涯忘れられない、二人の心をつなぐ存在となる。テレサ・テンはまさにこの映画のサブプロット(関連するもう一つの物語)なのだ。

二人は大晦日に、テレサ・テンのカセットやポスターを売る露店を開くが、皮肉にもうまくいかなかった。

彼の「優しさ=無神経さ」にいたたまれなくなる・・・

映画『ラブソング』が好きなのは、二人の関係が香港で一旗揚げようと頑張る「同志」から始まったことだ。最初はとてもいい友人だった。しかし友情が深まるにつれ、恋心が芽生え、一線を超えてしまう。よくある話ではあるが・・・その後「同志&恋人のような」関係が続く。肉体関係はあるが、お互いを縛り付けない。彼は故郷にいるフィアンセに後ろめたさを感じながらも、手紙を出し続ける。それが“裏切れない”彼の「優しさ」なのだが、彼女はその優しさがだんだんいたたまれなくなる。

87年、香港を発端にしたブラックマンデーで世界的な株価暴落となり、レイキウ(マギー・チャン)は貯金のほとんどを失う。ここからが二人のすれ違いが始まる。彼女は、よりお金が稼げるサウナのマッサージ嬢の仕事を始めた。シウクワン(レオン・ライ)はレストランのコックになり、そこそこ豊かになっていた。故郷のフィアンセへにプレゼントしたいと、彼女にブレスレットを選んでもらい、なんと同じものを彼女にもプレゼントする。それも彼の純粋な気持ちだったが、その無神経さに彼女はとても傷つき彼の元を去る。

ATMを覗いているシーン。株価暴落で貯金も激減・・・
レイキウ(マギー・チャン)は、ミッキーマウスが大好き。Tシャツ、バックにもミッキーが!
株価暴落や露店の失敗で借金を抱えたレイキウ(マギー・チャン)は、お金が稼げるマッサージ嬢となる。

それぞれの夢は叶えたが、恋心は今なお・・・

シウクワン(レオン・ライ)は、故郷からフィアンセを呼び寄せて結婚式をあげる。レイキウ(マギー・チャン)とその彼氏も招待し、友人家族として交流していく。

90年、レイキウ(マギー・チャン)と別れたシウクワン(レオン・ライ)は、香港にフィアンセを呼び寄せ、結婚式を挙げる。その結婚式にレイキウ(マギー・チャン)も招待する。彼らはそれぞれの“夢”を叶え、“友人”として関係が続いていたのだ。彼女はマッサージの客だったヤクザの親分に見染められて愛人になり、ビジネスにも成功し裕福な生活を送っていた。このヤクザの親分がとてもいい味をだしている(演じているのは、香港の超有名俳優エリック・ツァン)。その後、お互いの家族同士の交流もあったりしたが、二人の恋心が消えていたわけではない。あることがきっかけで、再び火が付いてしまう。長い間ずっと抑えていた“好きだ”という感情をもう我慢することができず、二人はお互いのパートナーと別れることを決意する。

レイキウ(マギー・チャン)に惚れたヤクザの親分は愛の忠誠を示すかのように、背中にレイキウの大好きなミッキーマウスの刺青を入れる。ほろっとくるシーンだ。

ヤクザの親分に別れを告げにいったレイキウ(マギー・チャン)だが、折しも彼が警察に追われ船で台湾に脱出しようとしている時だった。ヤクザの親分は、彼女に自分のことは忘れていい人と幸せになってくれと告げた。その優しい言葉を聞き、彼女はどうしても見捨てることができなかった。何しろこのヤクザの親分がいい人すぎるのだ。レイキウ(マギー・チャン)は、ミッキーマウスが大好きで、Tシャツやブローチなど、いつもミッキーを身につけていたが、彼女に愛を伝えるために彼は背中にミッキーマウスの刺青を彫った。そんなピュアな心の持ち主だった。結局彼女はシウクワン(レオン・ライ)の元には戻らず、またしても二人は離れ離れになる。

恋愛を超えた「同志の絆」の深さ

レイキウ(マギー・チャン)は去ってしまったが、シウクワン(レオン・ライ)は妻と別れることを決心する。美人の可愛い妻だが、苦労知らずのお嬢様だった。香港でバレエを教えたいと話していたが、故郷では裕福な家だったのだろう。シウクワン(レオン・ライ)がようやくためたお金でプレゼントしてくれたブレスレット(実はレイキウとお揃いのあのブレスレット)を、レイキウ(マギー・チャン)に、親切にしてくれたお礼にあげたいと、平気でいうような女性だった。

香港でがむしゃらに働き、ようやく仕事もお金も得て幸せを掴んだシウクワン(レオン・ライ)やレイキウ(マギー・チャン)とは違い、妻は全てお膳立てされたところにやってきた。シウクワン(レオン・ライ)は、ふと妻に「大変だったあの時にそばにいてくれたら・・・」と漏らす場面があるが、すでに二人の価値観は大きく違っていたのだ。彼女が悪いわけではないが、このすれ違いは、どうしようもない。彼は香港の叔母から受け取った遺産を全て妻に渡して別れを告げ、ニューヨークへ渡る。香港からアメリカやカナダに渡る移民が多かった時代が窺える。この映画のテーマは、恋愛というよりも、共に苦労を乗り越えてきた「同志の絆」だったような気もする。そういう意味では、『ラブソング』の英語タイトル『Comrades, Almost A Love Story 』(同志、ほぼラブストーリー)が、本質をついているようだ。ちなみに原題は『甜蜜蜜(ティエンミィミィ)』(甘い)。

香港で逞しくのし上がっていくレイキウ(マギー・チャン)だが、彼女の仕草や眼差しは実にチャーミング。愛されるキャラクターだ。

それから数年後の95年、ニューヨークで二人は奇跡の出会いをすることになるのだが、彼らの全ての出会いや再会に「テレサ・テン」が絡んでいるのだ。次回は映画の時代背景とテレサ・テンをもう少し語りたい。



【Textile-Tree/成田典子】