素材の話

巨富を築いた「灰屋」の話Vol.2

灰と媒染剤のこと

京都の豪商「灰屋紹益(はいやじょうえき)」の代々の稼業である「灰屋」は、染物に不可欠な「媒染剤(ばいせんざい)」としての「灰」の商いで財をなしました。染色を行う上で、染料を繊維に定着させることを「媒染」といいます。定着させるために用いるのが媒染剤です。媒染剤のことを少しお話しします。

草木染めなどの天然染料の多くは染液で染めただけでは繊維への色素定着が安定しないために「媒染剤」を用います。植物の色素は、鉄・アルミニウム・銅などの金属イオンと結びつきます。草木染めで用いる媒染剤には金属が含まれているため、色素は金属イオンと結びつき繊維に固定され、発色効果が出ると共に水で洗っても色落ちしにくい物質に変化するのです。

媒染剤には、アルミ媒染剤、アルカリ媒染剤、酸媒染剤、鉄媒染剤などいくつか種類があります。灰は植物を焼いた灰を水に浸し、その上澄(うわず)み液(灰汁:あく)を使用するもので、「アルカリ媒染剤」に分類されます。木灰(もくはい)、藁灰(わらはい)、椿灰(つばきはい)などがあり、媒染剤よって染まる色が変わるので、繊維の種類や色によって使い分けられます。紫草を使用した紫染には、特にアルミ成分を含んでいる「椿灰」が使用されます。紫草の染めに椿灰が使用されたことは、古くは万葉集にも歌われています。

藍染と紺灰

かつて「紺屋(こうや、こんや)」と呼ばれた藍染屋が使用する灰を「紺灰(こんばい)」といいます。アルカリの強いカシの木、丹波栗の木などが良質とされていたようです。日本の伝統的な藍染の染料は、藍の葉を発酵させた「すくも」と呼ばれるものです。この色素は水に溶けないために、染色できる状態に“還元(かんげん)”した染液(せんえき)を作る必要があります。還元した染液で染めることを「還元染め」といいます。

藍染は、すくもにアルカリ溶液(灰汁)を加えて微生物を発酵させることで色素が溶け、染色できる状態に還元した染液ができます。これが「藍建(あいだ)て」とも呼ばれる「還元染め」の染液をつくる行程です。しかし藍染のような「還元染め」は、単純に染液に浸けただけでは染まりません。染液に糸や布を浸し浸透させてから空気にさらします。すると「染料が酸素と結合して酸化して」初めて発色するという、とても感動的な染色技法です。

発酵している藍の染液。この画像はすくもを使用した伝統的な藍染の染液ではありませんが、合成藍を使用し、還元剤として苛性ソーダ、ソーダ灰、石灰などを使用して現在一般的に行われている還元染めです。
染液から取り出した糸は、まだ完全な色を出していません。空気に触れることで徐々に藍色に発色していきます
空気に晒すことで、きれいに発色した藍色の糸

次回は、灰屋紹益の稼業である「灰屋」が、巨万の財を成した政治的背景についての話です。


Textile-Tree/成田典子