素材の話

巨富を築いた「灰屋」の話Vol.1

京都の豪商「灰屋紹益」とは

澤田ふじ子の随想集『染織曼荼羅(せんしょくまんだら)』に「紹益(じょうえき)と吉野大夫(よしのだゆう)」という話があります。紹益の稼業は代々灰を商う「灰屋(はいや)」。「灰屋紹益」と呼ばれる京都でも屈指の大富商で、和歌、俳諧、書、茶の湯、蹴鞠(けまり)など、あらゆる芸能に精通した文化人でもありました。実は紹益は本阿弥光悦を叔父にもつ本阿弥公益の三男であり、灰屋紹由(じょうゆう)の養子となったのでした。本阿弥光悦の一族として生まれ、ものすごい英才教育を受けて育ったのです。しかし紹益を有名にしたのは、遊女の頂点に立つ吉野大夫を、親の勘当を受けながらも身請けして妻に迎えたことでした。元禄文化を代表する井原西鶴の『好色一代男』は、紹益がモデルとも言われています。とても好奇心をそそられる人物ですが、ここではそのことには詳しく触れず、なぜ「灰」で巨万の富を築くことができたのかに焦点を当てて、4回に分けて書くことにします。


澤田ふじ子『染織曼荼羅』(中央文庫)

灰の先進国日本

日本は「灰の先進国」でもあります。灰は手軽に入手できる、有用な“化学物質”として、古くからさまざまな用途に用いられてきました。灰の主成分は、カリウム、カルシウム、マグネシウムで、微量のアルミニウム、鉄、亜鉛、ナトリウム、銅などの金属元素や、珪酸(けいさん)が含まれます。通常は水に溶かすとアルカリ性になります。

この性質を生かし、農業の肥料、染色の媒染剤(ばいせんざい)、 植物繊維を軟化させる性質があるので、和紙の材料のコウゾや麻糸の材料となる麻の靭皮(じんぴ)の軟化剤として、タケノコやワラビなど山菜のあく抜き、殺菌薬、洗剤、焼物の釉薬などにも活用します。日本の暮らしには不可欠なものだったのです。江戸時代には「灰買い」という職業があり、市もたったようです。

余談ですが、民話『花咲か爺さん』には、桜の枯れ木に“灰”を撒いて花を満開にしたという有名なくだりがあります。枯れ木に灰を撒いて花を咲かせるのはフィクションとしても、灰は即効性のある良質な肥料として、昔から利用されていたことが窺えます。灰は植物に不可欠な栄養素のカリウムが豊富。土壌のpHバランスを調節する効果もあるので、桜の開花を早めたり、きれいな花を咲かせる効果があるのかもしれません。

灰の効果がよくわかります。
https://ja.wikipedia.org/wiki/灰

しかし、どこにでもある「灰」なのに、なぜ巨万の富を得られるのでしょうか。実は灰屋紹益の稼業である灰屋が扱っていたのは染色に適する「媒染剤(ばいせんざい)としての灰」でした。染色を行う上で、染料を繊維に定着させることを「媒染」といいます。定着させるために用いるのが媒染剤です。媒染剤としての灰は、草木染の植物の種類により糸や生地の染まり具合が違ってくるので、素材や色の用途によって提供できる灰の専門店が必要とされました。これが「灰屋」です。

次回は、もう少し詳しく「媒染剤」の話をします。

Textile-Tree/成田典子