編集長ブログ

『地獄が呼んでいる』やはり、ユ・アインは別格だった。ただ欲求不満が残る・・・

前半・後半で主役や人物がガラリと入れ替わる新しい手法だが・・・

今度のユ・アインは、どんな驚きをあたえてくれるのだろうか・・・待ちに待った『地獄が呼んでいる(2021)』を、11月19日の公開日に6話一気に観た。この、おどろおどろしいタイトルの監督は『新感染半島 ファイナル・ステージ(2020)のヨン・サンホ監督だ(この映画のカン・ドンウォンもよかった)。しかもユ・アインが演じるのは、新興宗教の初代議長(教祖)。そしてパク・ジョンミン、ヤン・イクチュンなど、大好きな演技派俳優が勢揃い。期待が高まらないわけはない。

ユ・アイン 、ヤン・イクチュン、
キム・ヒョジュン、イ・レ、パク・ジョンミン、ウォン・ジナ、リュ・ギョンス、キム・ドユンなとメインキャストが勢揃いしたポスター
『地獄が呼んでいる』の原案はウエブ漫画の『地獄』。ヨン・サンホ監督が原案を、人気漫画家チェ・ギュソクが作画を担当。ドラマではチェ・ギュソクが脚本を担当している。大変話題になった人気漫画で、ヨン・サンホ監督はWeb連載と当時にドラマ化を考えていた。ユ・アインは、漫画のチョン・ジンスのイメージを要求されていたという。Webの「LINEマンガ」で無料で見ることができる。

が・・・一般的なドラマと手法が全く違っていた。

3話で前半のストーリーが終わり、後半の主役にバトンタッチされる。前半はユ・アイン 、後半はパク・ジョンミンだ。期待していた二人の絡みはない。ファンの一人としては、魅力的な俳優を使い捨てにされたようで不満が残る。残酷シーンや暴力シーンが多い話の内容にも感情移入できない。もっとも私は最近大人気の「Kドラマ」と呼ばれている“残酷系ジャンル”は好みでないところもあるが・・・(なので『イカゲーム(2021)』にも夢中になれない)。もちろんドラマとしての質は文句なく高い。

「地獄の使者」よりもリアルな恐怖をあたえる「矢じり」のネットリンチ

「矢じり」のBJ(ブロードキャスティングジョッキー)が「正義」を振りかざし、不安や憎悪を誘導する。

突然現れた天使に地獄行きの宣告をされた人々が、死の予告日に怪物のような「地獄の使者」に無残に処刑される。この理解不能な“殺人”にチョン・ジンス(ユ・アイン)率いる宗教団体が絡んでいるのではないかと、警察が動き出す。地獄行きを宣告された人々の恐怖と死との葛藤、一方では地獄行きを宣告された人をヒステリックに攻撃する人々など、「地獄行き」という超常現象による“恐怖”が、様々な人間像を浮き彫りにし、ネット社会が生み出した「ネットリンチ」を突きつける・・・

「地獄の使者」は突然現れ、残忍に処刑し、あっという間に立ち去っていく。ある意味マンガチックで実に無機質だ。しかし「地獄の使者」よりもおぞましい恐怖感をあたえるのは、「矢じり」と呼ばれる「いびつな正義感」をかざす者たちの攻撃だ。YouTubeやSNSで、不安や憎悪を誘引して起こる集団狂気は、現実社会の問題でもあるからだ。「地獄行き=罪人」というレッテルを貼られ、ネットリンチのみならず、酷い暴力が正当化され、本人ばかりか家族までも攻撃の対象になる。そのため「地獄行き」の宣告も、自分の死骸も隠そうとする。「罪」に身に覚えがないのに「なぜ自分が・・・」と、社会の目に怯える姿は、まるでコロナ禍で起きた現象のようだ。

ユ・アインに惹きつけられた静かで薄気味悪い人間像

新興宗教の議長チョン・ジンスを演じたユ・アインは、期待を裏切らなかった。一見普通の人物像から漂う“薄気味悪さ”が、ものすごく良かった。彼は善人なのか悪人なのかわからないミステリアスな眼差しを表現するために「まぶたの高さ」まで研究したという。登場シーンは短いが、今まで見たことのない新しいユ・アインを見せているのはさすがだ。皮肉めいた薄ら笑い、ちょっとした目の動きや口の表情で、静かだが強烈な印象を残す、そういう表現が完成されていた。ヨン・サンホ監督は、新興宗教の議長チョ・ジンス役は「ユ・アイン 」と決めていたという。ユ・アインのチョ・ジンスがこの作品の完成度を高めているといってもいい。最期のシーンでは自分の人生を語る長いセリフで、見る者を惹きつけた。心に刻まれる圧巻の名場面だった。『声もなく(2020)』では、一言も発しなかったユ・アインだったが・・・

新興宗教「新真理会」の議長のユアイン。一言のセリフにも多彩な表情を見せる

この薄気味悪いユ・アインと刑事役のヤン・イクチュンや、放送局のプロデューサー役のパク・ジョンミンがどう絡んでいくのが、とても楽しみだった。しかし・・・ユ・アインは、3話で死んでしまい、4話から登場するパク・ジョンミンとの絡みは全くないのだ。実に残念だった。

イ・レに見せるユ・アインの艶かしい表情が二人の特別な関係を匂わせる・・・

刑事の娘チン・ヒジョンを演じたイ・レ

前半は、ユ・アインと刑事役のヤン・イクチュンとの対立で、そこにヤン・イクチュンの娘役のイ・レが絡んでくる。娘役のイ・レは、新興宗教の議長役のユ・アインに傾倒しており、イ・レの行動や2人の関係も少し気味が悪い。が、話は中途半端で終わってしまう。このドラマのユ・アインは“ブサイク”な顔も多い(ユ・アインはブサイクなのかイケメンなのかわからない多彩な顔を見せる俳優だ)。しかし、イ・レに見せる顔は実に優しく艶かしいのだ。イ・レが虜になるのも頷ける顔だった。まるで特別な関係があったかのような・・・ちなみにイ・レは、数々の映画やドラマで活躍している名子役で、『新感染半島 ファイナル・ステージ(2020)』にも出演し、見事なドライブテクニックを見せている。ヨン・サンホ監督のお気に入りなのだろう。

刑事役のヤン・イクチュン。心にモヤモヤを抱えたやさぐれた雰囲気が漂う

刑事役のヤン・イクチュンは「ゲスなチンピラ」の役をやったら右に出るものがいない(と私は思っている)くらい、ゲスさが似合う大好きな役者だ。しかも憎めないゲス野郎なのだ。監督・俳優を務めた『息もできない(2009)』も代表作だが、私はソン・ジュンギ主演のドラマ『優しい男(2012)』で、暴力を振りヒモのように妹にたかるヤン・イクチュンを初めて見たときには「こんな役者がいるのか」と、呆れるくらい惹きつけられた。ヤン・イクチュンのことはまた別の機会に書きたいが、『地獄が呼んでいる(2021)』のヤン・イクチュンもそういう雰囲気を醸し出していたが、4話からは登場しない。

パク・ジョンミンも演じたかった「矢じり」のBJ

一方、4話からの主役となるのが、パク・ジョンミン。「天才」とも言われる多彩な演技力で、引っ張りだこの俳優だ。ユ・アインより1つ下の34歳。初めてパク・ジョンミンを観たのが映画『それだけが、僕の世界(2018)』だった。サヴァン症候群で、天才的なピアノの才能を持つという難役で、高度なクラシック曲を代役無しに演奏している。しかもサヴァン症候群独特の指使いで。これには度肝を抜かれた(しかし彼は、演奏はあくまで“演技”で、実際は弾いていないことを『知ってるお兄さん』に出演した時に語っていたので「代役無し」の一文は取り消したい)。常に彼は「難役」に挑戦するし、それを見事に演じる。最近の映画『ただ悪より救いたまえ(2020)』ではトランスジェンダーに。予告編での彼の女装姿に釘付けになった。

「新真理会」を崇拝している狂信的な「矢じり」のBJを演じているキム・ドユン

『地獄が呼んでいる(2021)』の原作となる『地獄』は、パク・ジョンミンの大好きなウエブ漫画で、映画化を知った時に「どんな役でもいいので」と、出演を熱望したらしい。監督からいただいた役は、放送局のプロデューサーだった。今まで彼が演じてきた役と比べると、「普通っぽい感」が否めない。パク・ジョンミンでなくてもいいのでは・・・と思ってしまうのだ。実は彼もやりたかったのは、狂信的な「矢じり」のBJ(ブロードキャスティングジョッキー)だった。蛍光色で過激な動画配信していた、あの“骸骨野郎”だ。「うん、わかるわかる」と、思わず共感してしまうが、残念なことにこの役はすでに決まっていた。『新感染半島 ファイナル・ステージ(2020)で、カン・ドンウォンの義兄役だったキム・ドユンだ。話題をさらったシャーマニズムの猟奇殺人映画『哭声/コクソン(2016)』では、助祭役で印象を残した個性派俳優だ。ちなみにこの映画には日本の國村隼が出演し、見事な怪演で外国人として初めて男優助演賞などを受賞している。キム・ドユンの“骸骨野郎”も良かったが、パク・ジョンミンだったら、このクレイジーな役をどう演じたのだろうか。観たい。

“普通っぽい”人間を普通にしなかったパク・ジョンミンの凄さ

パク・ジョンミンは、短いストーリーの中で、生まれたばかりの子供を命がけで守ろうとする父親をパク・ジョンミンらしく仕上げたのは、さすがだ。苛立ち、驚き、動揺・・・多彩な心の動きを、眼差しや独り言など、彼ならではの空気感でぐいぐい惹きつけていった。彼の妻役のウォン・ジナは、2PMのジュノとのラブストーリー『ただ愛する仲(2017)』で、少し影のある佇まいが新鮮で気になっていた女優だった(私はこのドラマですっかりジュノのファンになった・・・)。『地獄が呼んでいる(2021)』では、すっぴんでなり振り構わぬ母を熱演。新たな境地を見せたようだ。

もっとも強烈な印象を与えたシングルマザー役のキム・シンロク

強烈な印象を世界にアピールした、シングルマザー役のキム・シンロク。人気女優になるのは間違いない

『地獄が呼んでいる(2021)』で、もっとも強烈な印象を残したのが、シングルマザー役のキム・シンロクだ。子供の目の前で地獄行きを告知され、地獄の使者に公開処刑される。そして、なんとドラマの最後では復活するのだ・・・。気の強さと人生の苦労がにじみ出ている独特の世界観を醸し出している。私は初めてこのドラマで彼女のことを知ったが、このすぐ後、キム・スヒョン、チャ・スンウォン主演のドラマ『ある日 真実のベール(2021)』で、悪意に満ちた検察官の役で登場した彼女を観た。これもなかなかいい。こんなすごい個性派俳優が、世界配信の話題の映画やドラマに抜擢されて、一躍スターダムに駆け上がるのだ。韓国エンタメは実力者揃いで実に裾野が広い。

執事役のリュ・ギョンスはオーディションで役を勝ち取った

後半は彼のキャラクターが光った、「新真理会」の執事役のリュ・ギョンス
前半・後半フルに出演する弁護士役のキム・ヒョジュン。後半は顔に傷を負ったショートカットでイメージがガラリと変わっている

そして『梨泰院クラス (2020)』の居酒屋タンバムのスタッフで一躍有名になったリュ・ギョンスも、新興宗教の執事で癖のある重要な役割を担っている。彼もウエブ漫画『地獄』のファンで、オーディションを受け、やりたかったこの役を手に入れた。唯一、6話通して出演しているのが、弁護士役のキム・ヒョジュンだ。前半で死んだと思ったが、後半ではパワーアップし、ガラリとキャラクターが変わって登場した、気になる存在だ。

中途半端に置き去りにされた欲求不満は「シーズン2」で満たしてほしい

『地獄が呼んでいる(2021)』は、3話という短いシーンで、それぞれの実力派俳優が凝縮した演技力を見せている。本来ならば、もっとそれぞれが絡んで、火花を散らして欲しいところだが、監督は潔く彼らを消してしまう。なんか中途半端に置き去りにされたような、物足りなさを感じてしまうのだが・・・おそらく「シーズン2」を見越してのことだろう。そうでないと困る。主役や人物が入れ替わり、たくさんの人が登場することで、超常現象による“恐怖”が生み出す人間の本質を浮き彫りにしようとしているのだろうか。救われるのは、赤ちゃんや子供を死なせなかったことだ。ヨン・サンホ監督は、『新感染 ファイナル・エクスプレス(2016年)『新感染半島 ファイナル・ステージ(2020)』でも子供は死なせていない。それが未来への明るい光に感じる。いったい「シーズン2」には誰が登場するのだろうか。復活したキム・シンロクが今度は主役?イ・レはどうなる?あの助けられた赤ちゃんは?ユ・アインは復活するのか・・・ファンは色々と思いを巡らせているはずだ。そういう焦らし方を「うまい」と褒めなければならないのか・・・

【Textile-Tree/成田典子】