心の震えが止まらない。 田中忠三郎『物には心がある。』


久しぶりに田中忠三郎の著書『物には心がある。』を手に取りました。2013年に、アミューズミュージアムの常設展『BORO』に感動し、ミュージアムで買い求め、帰りの電車の中で読んでいたら涙が止まらなかった本です。そして7年後に読んだ今も同じでした。いや、それ以上かもしれません。

『BORO』は、青森県下北半島出身の田中忠三郎が山村・漁村・農村から40年に渡り収集した「ぼろ」と呼ばれる継ぎ接ぎだらけの衣類や布類の展覧会です。展示の仕方も素晴らしく、ものすごい衝撃で、心が震えました。
(写真は全て2013年の展覧会で撮ったものです)

私の実家のある北秋田市は青森にも近く、方言も似たところがあったので、下北の方言が多用された『物には心がある。』には、魂の記憶が呼び起こされる思いでした。極貧の中で縄文遺跡の発掘に没頭した壮絶な暮らし、人間が生きるということ、民具や布に込められている人々の思い、田中忠三郎の一つひとつの言葉、そして母親や祖母の言葉がずっしりと心に刺さります。田中忠三郎は、どんなに貧しくても人として最も大切なことは何かをしっかり母親や祖母から教えられていました。母を見ていたから苦しさに耐え、歯を食いしばりながら頑張ることができたのだと思います。実に立派な母親です。母親というものはこうあるべきだと、心から感動しました。

⬆️「ドンジャ」様々な布や手ぬぐいなどを重ねて縫っている。冬はこれを被り布団がわりにしている。大変重く14kgもあるという。

⬆️たくさんの布を重ねて重ねて暖かくしている「ドンジャ」

⬆️「ドンジャ」麻が主体で木綿の古布を継ぎ足して刺し子をしている。

⬆️「ドンジャ」の中には少しでも暖かくするために麻の屑が詰められている。

⬆️裂織りにした布で作られた「ドンジャ」

⬆️裂織りが美しい色合いとなっている。

田中忠三郎は、土器や石器などの縄文遺跡を発掘していた時に、縄文人の衣食住を知りたいという思いから、民具や衣類などに興味を持ち収集をはじめました。『BORO』では青森で長年麻布や木綿布を継ぎ足した「ボド」と呼ばれる敷布や、「ドンジャ」という着物型の掛け布団、丹前などが展示されていました。

初めて『BORO』を見た衝撃は、スーパープランドのデザイナーにも大きな影響を与え、パッチワークファッション人気の火付け役にもなったようです。ボロ、汚い、臭い、貧乏と、蔑まれていたこれらは、今の時代だからこそ「アート」「エコ」「サステイナブル」などという“美しい価値観”で評価されるのかもしれません。

⬆️たくさんの木綿の古布で継ぎ接ぎされた丹前。パッチワークが、ファッションデザイナーにインスピレーションをあたえた。

⬆️丹前

⬆️パッチワークが美しい丹前。

しかし、田中忠三郎が言いたいのは、これらは「貧しさの遺品」では決してないということです。当時の東北では木綿が手に入りにくく、農家では麻糸を紡いで麻布を織るのが精一杯。木綿の古布の端切れをやっと購入し、布切れ3cmあれば絶対捨てないし、弱くなった布は裂いて裂織りにし、小さい布は継ぎ接ぎ用に、糸くずも、わたゴミも利用し、布を最後の最後まで使いきり、とても大切にしていました。

⬆️色のついた端切れは貴重品。3cm以上の端切れは大切にとっておいた。

そして、大切にしてきた継ぎ接ぎだらけの「ボド」や「ドンジャ」は、祖父母から両親、子へと受け継がれます。そこにはそれを利用した人の思いがあり、物語があります。寝る時に敷く「ボド」は、お産する時にも利用する敷物です。赤ん坊が生まれると、集落で病気知らずの老人が着ていた着物を借りて包むといいます。長年の汗と汚れが染み付いている着物ですが、そこには赤ん坊に丈夫で元気に育って欲しいと願いが込められています。

⬆️寝る時の敷物としても、お産の敷き布としても使われた「ボド」。命のバトンの証。

「『ボド』は、文字通り、何世代にもわたる母親たちの血と汗と涙、そして羊水にまみれながら引き継がれてきたものである。」「当時の人々が布を大事にしたのは、単に物が不足していたからではない。そこに大いなる意味と価値を見出していたからこそ大事にしていたのだ。貧しかったからではない。物質的には不自由でも、心は豊かだった。」と書かれた文章に胸が熱くなります。
『BORO』の展覧会も素晴らしいものでしたが、ぜひ多くの方に『物には心がある。』を読んでいただきたい。
田中忠三郎が収集したのは、ものだけではなく、大切なものとともに生きた人々の言葉も収集しているのです。これこそが宝物だと思います。

⬆️コタツ掛け。夜は掛け布団にもなる。人目に触れるものには、赤い布を使うなどおしゃれ心が見える。

⬆️田中忠三郎の母が、寝込んで動けなくなった時のために用意していた「大人のおしめ」。一度も使われることはなかったようだ。まるで抽象画のようにみえる。

⬆️麻の腰巻。着物の裾の見えるところには木綿の絣があしらわれている。

⬆️作業用の衣服(左)と子供服(右)

⬆️「山シャツ」麻素材の男性用の作業着。下着でもある。

⬆️足袋も手袋も全て手作り。

⬆️足袋には丁寧に刺し子をし、丈夫に作られている。

⬆️野良仕事で使った手袋。

アミューズミュージアムは、建物の老朽化のため2019年3月で閉館。新しいミュージアムも検討中のようです。現在『BORO』の展覧会は、世界各国の美術館やアートフェアから招かれ、日本の“美術品”として約2年に渡るワールドツアーを開催中。名もない庶民が作った、命をつなぐ物語が込められているこれらの品々は、田中忠三郎が命をかけて収集して守った宝です。

⬆️展示は全て、撮影OK。しかも触ることもできます。さすが田中忠三郎すごいです!そういえば、ペルーの天野博物館も展示されている作品に触ることができました。そうすることでより理解が深まるからだといいます。