余呉湖の羽衣伝説と絹の伝播

コロナ禍の「休業期間」は、染織の歴史や日本の歴史にどっぷり浸る最高の「勉強期間」となりました。日本の染織がいかに素晴らしく特殊なものであるかを再認識し、優れた作家を知ることができたのも大きな収穫でした。その一人が歴史小説家の「澤田ふじ子」です。西陣の綴れ織り職人でもあった彼女は、染織の知識はもちろん、京都ならではの歴史の造詣が深く、それを描く景色が何よりも私好み。彼女のことはまた別の機会に書くとして、『染織草紙』という随想集に書かれていた「天の羽衣」で、余呉湖(よごこ)の羽衣伝説の視点が非常に面白かったのでご紹介します。


⬆️『染織草紙』澤田ふじ子:文化出版局

余呉湖は、JR米原駅から福井県の敦賀駅に向かう北陸本線の「余呉駅」で下車したところにある、琵琶湖最北端の小さな湖です。2017年夏号の『つなぐ通信』の「近江特集」の取材のときに伺いました。

かつて琵琶湖の東岸は「生糸(きいと)地帯」といわれ養蚕(ようさん)が盛んで、長浜、彦根、木之本(きのもと)には、大きな製糸工場が林立していました。三島由紀夫の『絹と明察』は、一世を風靡した彦根の絹紡糸(けんぼうし)メーカー「近江絹糸(おうみけんし)」の労働運動を背景にした小説です。絹紡糸とは、養蚕や製糸の時に生ずる屑繭(くずまゆ)などを原料に紡績して糸にしたものです。小説の中で紡績会社の社長は、屑繭に着眼して財をなした自分の才覚を得意げに語っています。


⬆️『湖の琴』水上勉:角川文庫

織物用生糸が多い中、木之本は、琴・三味線・琵琶などの和楽器弦(絹の弦)の産地として栄え、特に大音(おおと)、西山(にしやま)地区の弦が全国に名を馳せていました。水上勉の『湖(うみ)の琴』は、大正13年、三味線の糸を作っている西山部落に、若狭から「糸取り」の女工見習いとして奉公に行った娘の話です。当時の和楽器弦づくりの状況が丹念に描かれ、映画化もされました。かつて福井県の若狭地方からは、近江や京都に奉公に行っていた人が多くおりました。小説では、この娘と恋人は、工場の近くにある余呉湖でかわいそうな最期を迎えることになります。

『つなぐ通信』では、『湖の琴』のモデルになった、明治41年(1908)創業の和楽器弦のメーカー「丸三ハシモト」に取材に伺いましたが、せっかくここまできたのだから、羽衣伝説のある美しい余呉湖もぜひ訪れたいと、タイトなスケジュールを縫って、思いを叶えました。
⬆️『つなぐ通信』Vol.16

少し前置きが長くなりましたが・・・

羽衣伝説は、余呉湖だけではなく、駿河や丹後など日本の各地にもあり、世界にも似たような話があるようです。余呉湖の羽衣伝説はいくつかあり、『近江国風土記(おうみのくにふどき)』によると、天女は白鳥となって舞い降りてきて水浴びをしていた。それを見ていた男が羽衣を隠してしまったので、天に戻れなくなった。男は天女と暮らし、子供をもうける。のちに天女は羽衣を見つけて天に帰る・・・などというものです。


⬆️「山笑う」の表現がぴったりの、桜の美しいしい春の余呉湖(写真:大社カメラマン)


⬆️余呉湖の羽衣伝説の像(写真:大社カメラマン)

澤田ふじ子の解釈が、非常にリアリティがあり面白いのです。羽衣伝説にはパターンがあり、老夫婦か漁師などの男が、水浴びをしている天女の羽衣を隠してしまう。その後天女は彼らと暮らすことになりますが、のちに羽衣が見つかり天に戻っていく・・・一般的な伝説は美しく語られてますが、澤田ふじ子は、天女を家に迎え入れた人が、「例外なく富を得ている」ことに着眼しています。そこに少しうさん臭さを感じているのです。

おそらく・・・余呉湖の羽衣伝説の時代は、弥生後期の3世紀ごろ。邪馬台国の時代ですが、地方では稲作が始まったばかり。衣服も藤か蔦の樹皮繊維から織ったゴツゴツした粗野なものです。そういう時代に、余呉湖から若い女性の声がするので行ってみたら、なんと水浴びしていたのは、海流に乗って倭(日本)に渡来した朝鮮の娘たち。渡来人は倭人とは違い、優れた稲作や養蚕、織機の技術を持っていました。柳の木にかけられ、ひらひら舞っていた白絹の衣は、男の着ている衣服とは格段に違う、まさに「天女の羽衣」のように美しい。「この娘を奪い、このような織物をつくらせたら富を得ることができる」と考え、水浴びしていた娘の衣を隠し、無理やり妻にしてしまう。余呉湖の周辺では、桑が自生しているので、娘に養蚕をさせ、白布を織らせ、数年後に男は財を成すのです。

かつて、シルクは中国の王侯・貴族の独占物として門外不出のものとされていました。部族や民族の持つ文化が、他民族に伝播されるひとつの手段に「人身の掠奪により伝播される」という歴史があります。日本の絹織物は、古くは弥生時代の遺跡から平織りの絹織物が出土していますが、日本各地に絹産地が形成されたのは、大化の改新の7世紀ころといわれます。中国大陸や朝鮮半島からやってきた渡来人よって、養蚕、製糸、染色などの先進技術が持ちこまれました。琵琶湖東岸が絹産業で栄えたのは、おそらく渡来人によって伝わった絹織物の技術によるものであり、それが「羽衣伝説」となって語り伝えられたのではないかというものです。なるほどなあ・・・と納得してしまいました。

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