渡辺弘子の布絵の世界Vol.9『あじの開き』

弘子姉さんの初期の作品には魚を題材にしたものがたくさんあります。
若狭湾の漁師町であった美浜町早瀬で生まれ育った弘子姉さんにとって
魚は切っても切れない暮らしの一部として親しんできました。
漁師さんが魚を獲る姿、市場から水揚げされる魚、
魚干しの光景や鯖のへしこ漬けなど、
活気溢れる漁村の暮らしは目に焼き付いて離れません。
嫁ぎ先もかつては魚屋さんでした。

この『あじの開き』も、市場や近くの魚屋さんで手に入れたあじを
自分で開いて干したもので、それを作品にしました。


・・・・『あじの開き』:平成2年(1990)の作品です(24×28.5cm)・・・・

あじの干物の表と裏をシンブルに配した作品ですが
クローズアップしてみると…
びっしり詰まったディテールの凄さに驚かされます。
ウロコや光り具合、小骨の一本一本が布で緻密に描かれているのです。
布の柄、質感、色合いや風合いなどをひとつひとつ吟味して
細部に至るまで手を抜いていません。
魚を熟知した弘子姉さんならではの写実的な表現力だと思います。

弘子姉さんは「ほかしている布団の布を拾ってきた」と言っていましたが
捨てられていた布も、弘子姉さんにとっては宝の山です。
細かな柄は「藍染めの蚊絣」、ぼかし柄は「藍染めの絞り染め」、
霜降りの生地は、戦後の夏の学生服に使われていた「小倉(こくら)」です。

腹の部分の茶色の生地は柿渋で染めた酒袋。
今ではなかなか手に入らない最高級のものだそうです。
ムラのある柿渋の風合いが、あじの干物を見事に表現しています。
ひとつひとつの布に大切な想い出があり、
こうして作品の中で新たな命が吹き込まれ、輝いています。

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