2009年、母が亡くなってから実家の敷居は、ほとんどまたいでいません。時間をかけて、いつか・・・と思っていましたが、まさかこんな形で実家を訪れることになるとは。弟は、解決しなければならないこと、当主としての責任を果たさないまま逝ってしましました。私は、悔しくて残念でたまりません。

そのことが、私に郷土愛や両親・祖父母・先祖への想いに火をつけました。実家は父で15代目。祖父母と一緒に住むために、公務員だった父は転勤願いを出して、当時住んでいた追分から家族で鷹巣(たかのす)の実家に戻りました。私が中学に入る年です。私は、広い敷地のある実家が大好きでしたが、鷹巣の土地にはあまり馴染めませんでした。両親は、子供たちはもちろん、この家から出た親戚の皆さんもいつでもいらしていただけるようにと、実家の畑や坪庭をよく手入れしていました。父が亡くなって母が一人になっての17年間も、母は同じように一人で畑で作物を作り、庭をきれいにし、花をたくさん植えていました。しかし今、かつての面影はありません。その姿を見て、両親にも先祖にも申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。そして、故郷の歴史や文化をもっと知りたくなりました。
そういう想いで訪ねたのが、実家の近くで発掘された伊勢堂岱(いせどうたい)遺跡した。